50年越しの空港プロジェクト
フィリップ首相は1月17日、40年以上にわたって反対運動が続いてきたノートルダム・デ・ランド空港の建設計画を撤回すると発表した。「同計画を遂行する条件が整っていない」との理由だ。小屋などを立てて建設予定地を占拠し、反対運動を続けてきた約300人の「ザディスト*」たちが歓喜の声を上げる一方で、計画を推進してきた地元議員らは、民主主義に則って行われた住民投票の声が無視されたと強く反発した。
将来の利用客増に対応できる仏西部ロワール・アトランティック県の新空港建設計画が持ち上がったのは1965年にさかのぼる。ナント郊外のノートルダム・デ・ランドに白羽の矢が立ち、70年の政府決定を受け、建設予定地1225ヘクタールの買い上げが始まった。
しかし、73年には計画に反対する地元農民が抗議運動を展開して計画は冬眠状態に。2000年に当時のジョスパン首相が計画推進を決め、08年には同空港建設の「公益適応宣言」が国務院から出された。2010年には建設・運営がヴァンシ社に委託されて計画は順調に進むかに見えたが、07年頃から環境保護団体や反グローバル化団体などが建設予定地を占拠し始め、ハンスト、法定闘争、デモなど反対運動は激化していった。
15年には工事開始が決定されたものの、政府内でも意見が分かれ、オランド大統領は住民投票の実施を決めた。16年6月に行われた住民投票(投票率51%)では賛成が55%だった。現政権になってからは、専門家委員会の答申書が昨年末に提出され、政府は結論を迫られていた。
新空港建設より、今ある空港を拡充?
政府は新空港建設の代わりに、現ナント=アトランティック空港やレンヌ空港を拡張する意向だ。不法占拠者には住居強制退去禁止期間が終わる3月末までに自主的に退去するよう呼びかけ、それ以降は強制退去措置をとる。今では国有地となった建設予定地は、希望する農民や住民が買い戻すことができるほか、適切な農業事業計画などがあれば第三者に売られる可能性もある。
フィガロ紙の世論調査によると、国民の76%は政府の決定に賛成している。ユロ環境相の顔を立て、環境保護政策を推進するイメージアップにもつながり、マクロン政権は政治的には賢い選択をしたことになる。テロ警戒で人員が不足がちな治安部隊も3000人引き上げ、強制排除の衝突の危険も回避できる。
だが、いいことばかりではない。ナント=アトランティック空港拡張計画の行方は非常に不透明だ。空港付近の住民は騒音増に反発しており、地元自治体も裁判に訴える構えだ。公益適応宣言が出て、拡張計画が決定されるには10年以上かかると見る向きもある。
2040年に年間900万人の利用者を迎えることを目標に2020年から工事開始、35年までに完成という青写真があるが、すでに2017年で550万人(前年比13%増)に達しており、この調子なら2030年以前に900万人に達する。工事費用試算、さらに委託契約を交わしたヴァンシ社への賠償金交渉も今後の課題だ。半世紀にわたる空港建設闘争の歴史に終止符が打たれたが、その影響は将来に長く尾を引きそうだ。(し)
*ザディスト:
ZAD (zone à défendre)に-istをつけた造語。自然環境や農地(ZAD)を守るために、空港などの大規模な建設プロジェクトの建設予定地を占拠するなどして、反対行動をする人々のこと。このような反対運動が行なわれている土地ZADは、フランス国内に10カ所以上あると言われるが、このノートル・ダム・デ・ランドは、ZADの元祖といえる。ZADistという言葉自体は、2010年頃から使われるようになった。