3月31日から「Nuit Debout/立ち上がる夜」の名のもとに、多くの人々が毎日レピュブリック広場に集まっている。誰でも自由に参加できる平等な意見交換の場として、日々賛同者を増やしているようだ。人権活動家、エコロジスト、法律家、大学生など、いくつものグループのスタンドが軒を並べ、 毎日夕方から行われる「総会」では 個人参加者が順番に意見を述べている。それぞれの主張、社会的立場、年齢も違うが、広場を埋める参加者たちに耳を傾けると、これまで気付かなかったことを発見したり、見知らぬ人同士が真剣に意見を交換しているところに遭遇する。古代ギリシアのアゴラもこんな様子だったのだろうか。
自然発生したようにも見える集会だが、実際は、社会活動家たちが念入りに準備し、注意深く運営している社会運動だ。きっかけは、独立系機関誌「ファキール」が製作した、大企業と賃金勤労者の不条理な関係を描いたドキュメンタリー映画「メルシー・パトロン」の、パリ労働組合会館で2月に催された試写会だった。労働法改正法案に反対する2度目の大規模なデモを3月31日に控え、「ファキール」誌の編集長で映画監督のフランソワ・リュファンと招待された各分野の活動家たちは、一握りの権力者が大多数の市民の運命を左右する今日の社会・経済システムを変えるにはどうすればよいかについて討論した。単発的にデモをしても相手が聞く耳を持たないのならば、デモを終えても解散せず、場所を占拠して持続的な市民の発言の場をつくろう。これまで各分野で別々だった戦いをひとつにまとめよう。こうして実験的に始まった。
70%の国民が反対しているという労働法改正法案は、経済的解雇が容易になる、時間外労働の報酬が低くなる、外国資本の企業がフランスの労働法を守る必要がなくなるなど、賃金勤労者の権利を弱体化させる性質があり、法律家からも疑問の声が上がっている。「雇用を増やすため」というこの規制緩和は、1980年代以降世界中で適用された新自由主義経済システムの流れにある。それ以前の世界経済の主流は1929年の大恐慌後の深刻な不況を乗り越えるために適用された修正資本主義だった。これは、国家が公共事業投資や減税などの政策で 需要を回復させ、経済格差は累進課税で高所得者から徴収した富を社会保障などで低所得者へ還元してバランスをとり、社会の健全が保てるシステムだった。
しかしオイルショックで巻き起こった不況後に各国が取り入れたのは、福祉・公共サービスを縮小して国家の負担を軽減し、規制緩和によって市場を自由競争で活性化し、そこにできる富が社会に行き渡って需要ができるとする新自由主義だった。一時的に景気は良くなったが、グローバル資本主義として世界規模に広がり、富裕層にさらなる利潤の追求を促し、深刻な地球規模の経済格差を生んでしまった。こうして数多くの人々の生活が破綻し、環境も破壊されている。
労働法改正法案が社会党政権から提出されたことで、右派左派に関わらず現状の政治が大企業や富裕層に有利に働く構造があらわになってしまった。市民が少数の富裕層と職業政治家から主権を取り戻し、行き詰まったシステムを見直す時が来た。この法案は人々を政権不信に陥れたが、「Nuit Debout」運動のきっかけとなり、人々を行動へと導いたのならある意味では役に立ったのかもしれない。ここには個人の立場を超越して、公平な社会を作りたいという共通意識が感じられる。皆こんな場所を待ち望んでいたのかもしれない。趣旨に賛同して広がる「Nuit Debout」運動は、パリ以外に国内で130カ所以上、スペイン、ベルギー、ドイツ、イギリス、イタリアなど、ヨーロッパ中に広がっている。今後の方向性については意見が分かれているという話も聞くが、春風に乗ってタンポポのように遠くへ飛んで行ったこの種は、発起人の想像以上にすでにしっかり育ち始めているようだ。(仙)
https://nuitdebout.fr/ 議題、場所、時間まで予定がわかる。
https://www.convergence-des-luttes.org/ さまざまな闘争をまとめるために、創設されたサイト。