
パリ郊外には、広大な空間でスケールの大きな作品をあつかう美術館が数多くある。工場や倉庫だった建物を再利用した施設なら、高い天井、大きな彩光窓の下、のびのびと個性を放つ作品をゆったりと見ることができるだろう。ギャラリー、美術館、アーティストのレジデンスなどが集まってアート村のようになっているエリアもあるし、企業の経営者が自分のコレクションを一般の人々に見てほしいと、社屋内に展示する財団もある。
今月、オヴニーは、パリ郊外を北から東、そして東南へと美術館めぐり。かつて、工場が多かったパリのまわりには共産党が施政をになう町が多く 「赤いベルト地帯」と呼ばれ、それらの町では文化に触れる機会をひろく市民に提供するという理念のもと、無料で利用できる美術館が育まれてきた。
今も無料の施設が多いのだが、住人にはアートを〈見る〉だけではなく、さらに〈やってみる〉機会も多く与えられるという。多くのアーティストが活動し、発表の場や活動を支える機構が整っている町の美術館に行ったら、感性が芽生えて、表現したいことがムクムクと形になってくれるかも、と期待(だけ)はふくらむ。コンテンポラリー・アートは苦手でも、郊外の産業遺産や、まだまだ広がり続ける大首都圏グラン・パリの都市開発の「今」を見るのも、発見多い散策になるだろう。(美)
パリの郊外へ、息づくアートを見にいこう。
Ivry-sur-Seine – Le CREDAC
文化政策手厚いイヴリー市の、人気の現代アートセンター

「Manufacture des Œillets」と書かれた大きなレンガの建物。イヴリー市のアートセンター(所蔵品がないのでミュージアムでなく「センター」)の建物は、靴ひもを通す穴につける金具の工場だった。工場が米大手靴メーカーの傘下に入ったため、1913年にマサチューセッツ州本社工場をモデルとして、建物をガラスで覆い、一日中自然光が入る「デイライト・ファクトリー」が建てられた。見晴らしも良好だ。

「イヴリーは、市民ひとりあたりの文化施設の数が多く、アートセンターは2つありどちらも無料。100年前からずっと共産党の政策のもと培われた文化です」とキュレーターのジュリア・ルクレールさん。この棟より前、1870年頃に建てられた古い工場は、現在劇場になっていてカフェもあるが、公演日のみ営業。
開催中の展覧会 「アンディアーモ (イタリア語で 「行こう!」)」(3/22まで)は、デザイナーでアーティストでもあるピエール・シャルパンとナタリー・デュ・パスキエの2人展。長年の友人だが展覧会のコラボは初めて。デュ・パスキエはイタリアのデザイナー集団 「メンフィス」に参加しミラノで活動していたが、87年から絵画に専念している。シャルパンは日本でも個展を開いた著名デザイナーだ。デュ・パスキエは油彩の具象画、シャルパンは家具とデッサンを展示している。カラフルな2人の作品には、どこか落ち着いて懐かしい60年代の雰囲気がある。

◉La Manufacture des Œillets – Centre d’art contemporain d’Ivry (Crédac) :
1 place Pierre Gosnat 94200 Ivry-sur-Seine
Tél : 01.4960.25 06
https://credac.fr
M°Mairie d’Ivry駅 (7号線終点)から徒歩8分。
RER C線 Ivry-sur-Seine駅から徒歩10分。
月火祭日休。水〜金:14h-18h.土日14h-19h。 入場無料。
Ivry-sur-Seine〈Galerie Fernand Léger〉
43年間パブリック・アートを考えてきた市立アートセンター。

イヴリーを訪れる者を驚かせる、「レゼトワール・ディヴリー(イヴリーの星)」の建物。ジャン・ルノディとルネ・ガウーストがイヴリー再開発 (1969〜75)で建てたフランスのブルータリズム建築だ。この足元に、43年の歴史を誇る市立アートセンター 「ギャラリー・フェルナン・レジェ」がある。〈公共空間におけるアーティストと作品〉を研究の軸とし、パブリック・アートに関する講演会やトリエナーレも開催。現代アート展示室、子どもから大人まで5クラスの市民向けワークショップなど総面積は1000㎡! ワークショップに通う市民が作るジャーナルはレイアウトもすてき!

◉Galerie Fernand Léger:
93 avenue Georges Gosnat 94200 Ivry-sur-Seine
Tél : 01.4960.2549
https://fernandleger.ivry94.fr
火〜土 14h-19h。
入場無料。
Stéphane Vigny展は3/21 (土)まで。

Clichy – Fondation Francès
コレクターの視点が強く表れた作品群。

(右奥の作品)マルタン・ル=シュヴァリエ作 「NS」(2007)。サルコジ大統領就任の年、アートフェアFIACで発表された。
「アートは、それによって人がふるえ、意識を目覚めさせ、視点を変えさせるときにアートたると考えています。なので不快感を与えたり、今日の美の規範にそぐわないものでも展示します」。
エルヴェさんは33年前に広告代理店Okóを設立し、エステルさんはキュレーターで芸術賞の審査員なども務める。ふたりは2009年にフランセス財団を設立し、共に気に入った作品のみを蒐集してきた。世界50ヵ国、260人の作品900点から企画展のために作品を選んで社屋3フロアに配置し見学者を招き入れる。
財団としての使命は、「今、生きている芸術家の作品を買い、創作を続ける支援をすること。今日の作品を蒐集することは、それらを通じて今の時代を語ることであり、また、今日の世界のありさまを体現した作品を未来へ残し思考をうながすことだからです」。今の展示のテーマは 「すべて政治!」。「政治、戦争、植民地活動、病気…見たいものより、見たくないもののほうが多いかもしれません。でも衝撃が人を思考へと導きます。作品には意図がある。討論を引きおこすような作品が好きなのです」。

◉Fondation Francès :
21 rue Georges Boisseau 92110 Clichy
M°Saint-Ouen(14号線)駅から徒歩5分。
“Tout est politique ! (すべて政治!)“ 展 (4/11まで)見学はサイトから予約 (無料)
木〜土11h-19h。祭日休館。
mediation@fondationfrances.com
www.fondationfrances.com
Senlisの展示室でも同テーマで4/11まで展示中。

Montreuil – Centre Tignous
アーティストとモントルイユ市民が、アートを介して交流する場。

2013年の創立時はモントルイユ市立の現代美術館 「116 (サンセーズ)」だったが、市内在住の風刺画家ティニュスが2015年にシャルリー・エブド襲撃事件で殺害されてから、ティニュスの名に改称した。年4回、企画展を開く。現在は、「記憶喪失 AMNESIA」をテーマにした6人のグループ展を開催中(4/11まで)。ビデオ、セリグラフィー、インスタレーションなどで、〈見たことがあるようでない場所〉を表す。
また、モントルイユの土地と人々をテーマに、毎年1人、アーティストのレジデンスを実施する。現在は、地域で働く人々の休息をテーマにしたセリア・コエットさん。館内にある彼女のアトリエのスペース半分を3月26日まで毎木曜 12 :30〜15 :30に開放し、来た人に飲み物やお菓子を出し、読書や絵を描くことでゆったりとした時間を過ごしてもらう。そこから醸し出されたものの集大成が、5月の展覧会で公開される。

◉Centre Tignous d’art contemporain
116 rue de Paris 93100 Montreuil
M°Robespierre Tél : 01.7189.2800
日月休、水木:14h-18h、金:14h-21h、土:14h-19h。無料。
https://centretignousdartcontemporain.fr
Romainville – FRAC Île-de-France -Les Réserves
FRAC – イル・ド・フランス地域圏現代アート基金美術館

1800点以上の所蔵品の置き場に困っていたイル・ド・フランス地域圏現代アート基金が、2021年、ロマンヴィルののガラス張り3階建ての建物に移転した。 「レ・レゼルヴ(収蔵庫)」と呼ばれるが展示空間もあり、パリ19区の「FRAC ル・プラトー」と連携して展覧会を行う。
今回もその2ヵ所で、キュレーター集団”ビュロー”が企画した「ボナール症候群」がテーマの展覧会を開催中だ(7/18まで)。画家ピエール・ボナールは、美術館に展示された自作に描き加えているところを監視人に止められたという。この逸話から「ボナール症候群」という言葉ができた。
作品を直したい作者と、作品を保護する義務がある美術館。しかし、美術家は誰もがボナールのような欲求を強く持っている。相反する両者の意図について考えさせるのが目的なので、展示するアーティストはボナールのように振る舞うのも自由だ。完成後、油絵に保護用ニスを一度も使ったことがないというジャン=リュック・ブランが、会場で自作の肖像画に手を入れるのを見られるかもしれない。

◉Frac Île-de-France – Les Réserves :
43 rue de la Commune de Paris
93230 Romainville
Tél : 01.7621.1333
https://fraciledefrance.com
水〜土:14h-19h (月一回、日曜開館)入場無料。
M°Bobigny-Pantin-Raymond Queneauから徒歩10分。
Romainville – Fondation Fiminco
「FAST文化地区」の基盤、フィマンコ財団。

パンタン、ボビニーに隣接するロマンヴィルの端の地域で、不動産業のフィマンコ・グループの財団が、「FAST (Fiminco Art Studio)文化地区」を作り大規模な文化事業を進めている。製薬会社があった場所で、複数のアートギャラリー、FRACとフィマンコ財団、アートスクールなどがコの字形に建っている。
財団では、現代美術の特別展、アーティストブックの展示販売、スペクタクルなどがあるが、特筆すべきはアーティストレジデンスが充実していることだ。個人のアトリエの他、共同で使える版画、デジタル技術、テキスタイル、セラミックのアトリエがあり、新しい技術に挑戦したいアーティストは手ほどきをしてもらえる。
同時に複数のアーティストがレジデンスに入る。滞在設備も整っており、世界中から応募がある。レジデンスの終わりの展覧会は一般公開する。1日限りの催しもあるので、ニュースレターやサイトでこまめにチェックするといいだろう。

◉Fondation Fiminco
Tél : 01.8375.9475
www.fondationfiminco.com
住所、行き方は前出Fracに同じ。
入場無料。
アトリエ見学は展覧会開催時の火〜土:14h-18h。
Vitry-sur-Seine MAC VAL
国内唯一、フランス現代アートに特化したコレクション

MAC VALは「ヴァル・ド・マルヌ県現代美術館」の略。2005年に県の主導で設立された。1950年以降のフランス現代美術の作品を集めた国内唯一の美術館。2500点を所蔵している。長方形の建物は正面と庭園側に入り口があり、風が通るようなゆったりした空間を作り出している。常設展と企画展があり、常設展も定期的に作品が入れ替わる。

創立20周年を記念して、「理想的なジャンル」と題した展覧会を所蔵作品で構成して開催中(2027年3月まで)。歴史画、風景画などアカデミックな絵画で区分されていた5つのジャンルを現代美術の視点から捉え直すものだ。特別展はアルノー・ラベル=ロジューのキッチュで政治的なコラージュなどの「わかるでしょう!」展(4/21まで)と、ファビエンヌ・ガストン=ドレフュスの刺繍のようなタッチの版画シリーズ「あなたは流行の何かをわめき立てる」展(8/20まで)。外国人アーティストを対象としたレジデンスも備えている。

◉ Musée d’art contemporain du Val-de-Marne :
Place de la Libération 94400 Vitry-sur-Seine
Tél : 01.4391.6420
www.macval.fr
火〜日 11h-18h。入場無料。
M°Porte de Choisy (7号線)からトラムT9で MAC VAL駅下車すぐ。
または M°Liberté (8号線)から バス180番 (Villejuif行き)、Hôtel de Ville – Roger Derry
下車徒歩5分。

前菜+主菜/主菜+デザートで23€。
Aubervilliers – POUSH
270人のアトリエが集まった、国際的アーティスト・コミューン。
オーベルヴィリエにある 「POUSH」は、書類審査で選抜した270人の様々な国籍のアーティストにアトリエを貸し、活動を支援するNPOだ。2020年にクリシーで活動を始め、その後オーベルヴィリエの元香水工場の建物に。今年、衣料品などの問屋街の中にある2棟の建物に移転した。アトリエだけで、滞在設備はない。
セーヌ・サンドニ県の協力を得て、この地域での芸術活動を国際的に広げ、東京、北九州でも展覧会を開いた。パリのシャイヨ劇場やシャネルが創設した高度な手工芸(メチエ・ダール)に特化したギャラリー「le19M」、パリで開催されるアート・バーゼルのような国際アートフェアなどでもPOUSHのアーティストの作品を紹介している。一般公開はしていないが、アートフェア開催中は予約制で見学できる。


サン・ドニ運河に近いオーベルヴィリエの街にはまだ現役の工場も多い。
◉ POUSH
4 rue du Sucre Bât. 270, 93300 Aubervilliers
https://poush.fr
M°Aimé Césaire(12号線)から徒歩10分。
Gare du Nord (始発)からバス35番でParc du Millénaire下車。

