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パリの南東でセーヌ川と合流するマルヌ川。その南岸、メゾン・アルフォールの町に、アルフォール国立獣医学校がある。ルイ15世の馬術教師クロード・ブルジュラの提案によって、リヨンに世界初の獣医学校が創設されたのは1762年。その次に開校したのが1766年、アルフォールだった。
来年、260周年を迎える名門校の周辺はひっそりと静かだが、塀に囲まれた10ヘクタールのキャンパスでは、およそ900人の若者が獣医学を学ぶ。国の記念物に指定されている校舎のほかにも、学生寮、研究所、植物園、欧州最大規模の動物病院などがあり、1200人が活動する、町のなかの小さな町になっている。
そこに、ルーヴル美術館よりも長い歴史を誇る「フラゴナール博物館」がある。獣医学校の開校と同時に設けられたもので、人間と動物の解剖標本や骨格などの陳列は圧巻だ。なかでも異色は、解剖学者でアルフォールの学長だったオノレ・フラゴナールによる、人と馬の剥製 「黙示録の騎士」(下の記事参照)ほか、一連の人体標本。同校のインターン生が多く働く動物病院は一般の人も利用できる。パリからもすぐなので、ぜひ足を運んでほしい。(集)
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解剖学者の名を冠した驚異の博物館
フラゴナール博物館
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フラゴナール博物館の起源は、1766年にアルフォール王立獣医学校が開校した時に作られた〈王のキャビネット Cabinet duRoy〉にさかのぼる。学生たちが解剖標本を見られるよう敷地内に設けられた、自然史と比較解剖学の展示室だった。
リヨン獣医学校で解剖学を教えていたオノレ・フラゴナール(Honoré Fragonard 1732-99)はアルフォールの初代学長で、解剖学教授を兼任。6年間の任期中、死体の皮を剥いで血管、神経、筋肉などの組織をわかりやすくした「皮剥ぎ標本(écorché)」を50体ほど作った。当時、巷では、珍品を集めて展示する “Cabinet de curiosités(驚異の部屋)”が流行していて〈王のキャビネット〉も見せ物として一般公開されていた。フラゴナールの皮剥ぎ標本も展示され、評判は国外にまで広がった。
この博物館の宝であるフラゴナールの皮剥ぎ標本は、奥の、ほの暗い展示室にある。暑いと表面に塗られているニスが溶けるため、室温は常に18℃に保たれている。胎児3体に踊っているような動きをつけた「踊る胎児」。誰かに殴りかかりそうな「馬の顎を持った男」。ギョロッと見開いた目は狂気まで感じさせる。館内を案内してくれた獣医学校の学生さんは「動きがないと筋肉について学べないから、動きをつけたのだろう」と説明した。走る馬の背にまたがった「黙示録の騎士」は、フラゴナールの恋人だったといわれている。メゾン・アルフォールのパン屋さんの娘だったが突然死し、その後、フラゴナールがこの標本を作ったのだそうだ。彼は学校から狂人扱いされ解雇される。だがその後も自宅でヨーロッパの貴族のために解剖標本を作り続けた。
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画家のジャン=オノレ・フラゴナール(1732-1806)は解剖学者と同い年、やはりグラース出身のいとこにあたる。標本のニスの分析をしたところ、いとこが絵画に使っていたのと同じカラマツのヤニをベースにしたものだった。人体標本は保存できても5〜10年とされるのが、フラゴナールのものは250年経っても保存状態が良好だ。理由のひとつはこのニスだといわれる。
フラゴナール博物館には、およそ4200点の標本が展示。ヒトも含めてさまざまな動物の比較展示がたくさんある。「アゴ骨」がテーマなら、犬、猫、馬、牛、ヒトなどのあご骨が並べられる。大腸も腸も、脳も、骨の病気も、さまざまな動物のおなかから見つかった大きな胆石も同様だ。奇形の動物の剥製やホルマリン漬け、シャム双生児のヤギ、10本脚の羊、一つ目の動物など、神話やアニメから出てきたような形相の動物たちに驚かされてばかりだった。
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皮剥ぎ標本の準備のしかた
死体の血管内に残っている血液を出したら胸部を開き、動脈には赤、静脈には青のロウ(羊脂と松脂)。体全体をアルコールに浸し体の水分を排出させたら、風通しのよい乾燥室へ。完全に乾いたところで血管などが見やすいように色を塗ったり、ニスを塗って仕上げる。標本には、若く、施術しやすい痩せ型の体が望ましいのだそう。
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名門・アルフォール獣医学校は、あす掲載します。
おたのしみに。
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Musée Fragonard (dans l'école vétérinaire de Maisons-Alfort)
Adresse : 7 av. du Général de Gaulle , 94700 Maisons-Alfortアクセス : M°École Vétérinaire de Maisons-Alfort
URL : https://www.vet-alfort.fr/
展示室は建物の2階だがエレベーターなし。 水木土日14-18h、毎土曜15hには獣医学生さんによるガイドツアーがある(約75分間)。どちらも予約不要。入口で身分証明書提示を求められる可能性あり。入館料:8€ (オーディオガイド込み)/26歳以上の学生6€。26歳未満無料。
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