ゴッホ、モディリアーニに続き、マーク・ロスコ展もこの秋の目玉の展覧会の一つだ。1999年のパリ市近代美術館での回顧展では69点が展示されたが、今回は115点とより大規模。それだけに、ロスコの軌跡を初期から詳細に辿ることができる。
ロシア帝国内の現ラトビアで、1903年、ユダヤ人の薬剤師の家庭に生まれた。反ユダヤの迫害を恐れて、10歳の時に母と姉妹と共に米国のオレゴン州に移住し、すでに渡米していた父と兄弟に合流した。学業優秀だったロスコは、奨学金を得てイェール大学に進んだが、中退し単身ニューヨークへ。ロスコによれば、20歳の時、美術学校「アート・ステューデント・リーグ・オブ・ニューヨーク」の学生たちがモデルをデッサンしているのを見たのが、アーティスト人生の始まりだという。それまで画家を目指していたという話は聞かないので、美術に目覚めたのは遅かったと言える。その後数年間、この美術学校で学んだ。
大画面を長方形の色の塊が占める抽象画で有名だが、そのスタイルに至るまでに、どんな絵を描いていたのか。地下には、のちのロスコを想像できない、地下鉄構内の群衆などを描いた具象画が展示されている。人物には生気がなく、幽霊のようだ。その後、神話やシュールレアリズムの影響を受けた作品を描き、一定の評価を得たが、この頃の作品には、色彩や形に時代性が感じられ、今見ると過去のものとなった印象は否めない。
1948年に転換期が来た。具象をやめ、抽象画を描き始めたのだ。さまざまな幾何学模様が大画面に出始め、そのうち形が大きな長方形に集約されるようになった。展覧会はほぼ時系列で構成されている。一番の傑作は、1950年代の作品を集めた1階にあると思う。透明感のある色彩もマットな質感も美しく、少し歪(ゆが)んだ形の中で色が呼吸しているように感じられる。
1958年、米国のシーグラムビルのレストランの壁画を一任され、30枚ほど制作したが、現場が想像していたものと大きく違っていたことから契約を解消し、10年後、9枚を英国のテート美術館に寄贈した。その絵が1階に展示されている。暗い色の中に門のような形がある絵に囲まれると、居ても立ってもいられない不安に駆られる。引続き、2階にあるBLACKFORMSという暗い色調のシリーズの絵を見ると、奈落の底に沈んでいくような息苦しさを感じる。よくロスコの絵は見る人を瞑想状態に誘うと言われているが、これらの絵の前でとても瞑想はできない。会場の壁に「私の絵が静謐(せいひつ)だと思っている人たちに言いたい。私は絵の表面のあらゆる部分に究極の暴力を閉じ込めているのだ」というロスコの言葉が書かれている。暗い絵を前にして、その意味がわかった。
最晩年、灰色と黒がきっちりと画面に収まっている絵をアクリルで描いた。色が沈黙し、画面から何も発散していない。見る人との交流を拒否しているような絵だ。1970年2月、ロスコはアトリエで自殺した。灰色と黒のシリーズは、終わりを告げる絵だったのだ。(羽)2024年4月2日まで
Fondation Louis Vuitton
Adresse : 8 Avenue Mahatma Gandhi (Bois de Boulogne内), Paris , FranceTEL : 01 40 69 96 00 (10h-18h)
アクセス : 凱旋門に近い、44 avenue de Friedlandからは20分おきにバスあり。往復2€。(バス発着所のメトロ最寄り駅はCharles de Gaulle – Étoile 乗車時に運転手から展覧会チケット提示を求められる)。
URL : https://www.fondationlouisvuitton.fr/fr
火休。月水木11h−20h、金11h-21h、 第1金曜日11h-23h 土日10h-20h (学校休暇期間10h-20h 金10h-21h)。入場料:16/10/5€、家族料金32€(大人2人、18歳未満4人まで)、障害者と付添い1人で無料。 木曜日 アート、建築、デザイン、ファッション、美術史の学生と教師は無料(証明書提示)