パリ左岸、7区のヴェルヌイユ通り。閑静で古風なパリ情緒が残るこの通りの中で、5番地bisの外壁はファンによる落書きで埋め尽くされ、ここだけ別の空間が切り貼りされたかのようだ。見学を控えた人たちの顔には、好奇心と緊張と興奮が入り混じる。見学中はヘッドフォンの着用が必要。外部の音が完全にシャットアウトされた時、シャルロットの「Ouvres la porte」という声に促され、ゆっくりと黒い扉を開ける。
黒い壁に囲まれたリビングの中央には、グランドビアノ。ピアノの上には、100年以上前に解剖されたタランチュラが、透明のケースに入って飾られている。そこかしこに、ゲンズブールが収集したオブジェ。人体解剖像、警察の勲章、小さな置物など、リビングにある全てのオブジェが、亡くなった時のまま、完璧な位置と角度であるべき場所に収まっている。
ガラスのソファーテーブルの灰皿には、ヘビースモーカーのゲンズブールが絶やしたことのないジタンの吸い殻が数本、そのまま残っている。午後に起きてきて、ソファに座ってタバコを吸いながら何もせずにいる時間が好きだと言っていた。ここで数々の名曲が生み出され、ミュージシャン、ジャーナリスト、招待客と数えきれないワインボトルを空け、数えきれない本数のジタンの煙をくゆらせたのだろう。この空間はゲンズブールの仕事場であり、ゲンズブールの頭の中、ゲンズブールそのものだと、本人も家族も言っている。
シャルロットは、学校から帰ってきたらリビングを足早に通り過ぎて子供部屋に直行するだけで、オブジェを触ったりリビングで遊んだりすることはなかったという。
リビングを出た奥の左側には小さなキッチン。時代を感じるがごく普通のキッチンスペースで、先ほど見てきたリビングとは対照的な家庭的な温かみを感じる。シャルロットはここでテレビを見ながらご飯を食べることが許されていたそうだ。
キッチンの奥にある扉の向こうは子供部屋なのだが、バーキンが出て行った時に閉鎖してしまった。どこにも出られない扉だけがそのまま残されていて、見てはいけないものも見てしまった気持ちにさせられる。
キッチンを後にし、2階へ。階段を登り切ったすぐ後にある小さな作り付けの棚が、ゲンズブールのワードローブ。超ミニマリスト。ジーンズ数本とジャケットとシャツが数着、そしてトレードマークのレペットの白い靴。履きこなされた同じ靴が数足並んでいる。いつでも素足にレペット。寒かろうが、スキー場でも素足にレペットだったというから驚きだ。
左手は子供部屋。子どもができる前にはビリヤードが置かれていた。ベッドにはゲンズブールが収集したアンティークの人形が置かれている。シャルロットはこの古めかしい人形が少し怖かったようだ。
子供部屋を出た廊下の突き当たりは、ゲンズブールの書斎。壁一面にゲンズブールが厳選した本が並ぶ。机の上にはタイプライター。シャルロットにとっては、美術館や本屋よりも、父親の書斎が知識を吸収する最適の場所だった。
書斎を後にし、L字型の廊下を曲がったところにはお風呂場。バスタブの周りや洗面台の前には、使いかけのバス製品や香水の瓶などが置かれたまま。「父はお風呂が大嫌いでした」と娘の告白。そんなゲンズブールが愛用していたのは、ビデ。ビデで足を洗い、なんと体もささっと洗っていたという。不釣り合いに巨大なシャンデリアが、外部の光が閉ざされた空間で美しく輝く。その中央から、占い師の水晶玉のようなガラス玉がぶら下がっている。この魅惑的な玉に到底手が届かなかったシャルロットは、気が付いたら玉が頭にぶつからないよう、避けなくてはならなくなっていたと回想している。
お風呂場の横は大人の寝室。黒の壁に囲まれ、1階のリビングと同じ雰囲気を醸し出している。エキゾチックなオブジェに囲まれ、ちょっと怪しげなゲンズブール感いっぱいだ。シャルロットがこわい夢を見た時、お母さんに会いたくても子供はこの部屋には入ってはいけない雰囲気があったという。そんな時は、お姉さんのケイト(ケイト・バリー、バーキンと前夫との娘)がバーキンを呼びに行ったそうだ。シャルロットはまた、その後の両親の別れ、週末に訪れた父の家、そして父の新しいパートナーだが継母というには若すぎ、お姉さんのようだったBambouとの優しさにあふれる思い出にも言及している。
そしてこの寝室で、ゲンズブールは心臓発作を起こし息を引き取る。ベッドに横たえられた父親の遺体の横に、シャルロットとケイトは時を忘れて横たわっていた。
あまりにも私的すぎる。こんな部外者の私にそこまで解放してくれても良いのだろうか、と気後れしてしまうほどに。ヘッドフォンから流れるシャルロットの声に導かれ見学を進めていくので、ゲンズブールがちょっと出かけている間に、シャルロットの思い出話を聞きながら家をのぞかせてもらっている感覚になる。家の主がいなくなって32年が経過しているとは思えないほど、家が呼吸しているような温かみと親近感を感じる。
Maison Gainsbourg
Adresse : 14 rue de Verneuil , 75007 Paris , Franceアクセス : Saint Germain des Prés
URL : https://www.maisongainsbourg.fr/
Maison & Musée : 25€/16€ Muséeのみ : 12€/6€ 火・木・金・土 10h-20h (水・金-22h30) ピアノバー(Le Gainsbarre)は22h30以降も営業