
パリから北東に140km。電車がラン (Laon) の駅に近づくと、丘の上に大聖堂が姿を現す。北フランスには、アミアンやボーヴェなど世界最大級のゴシック建築の大聖堂が多いけれど、ランのカテドラルはそれらに劣らない美しさ。塔にのぼれば、果てしなく広がるピカルディ平野と、絵本から出てきたような中世の街並みが一望できる。さらに、上からのぞき込む牛たち(の彫刻)と目が合うというサプライズのおまけつき。地上75mに牛の彫刻が16頭もあしらわれた大聖堂は、この町でしか見られない。これは大聖堂建立のために重たい石材を曳いて斜面を登った牛たちへの感謝のしるしとして置かれたものだそう。
旧市街の丘は、ふもとからは100mの高さ。バスもあるけれど、 地元の人々や牛たちが大昔からそうしてきたように、「グランペットgrimpettes」とよばれる数々の細い坂道を歩きたい。駅の近くから大聖堂へ向けてまっすぐ伸びる「escalier municipal(市の階段)」は、この町のいわば表参道だから、勾配は少々きつい265段でも、一度は経験するべきだろう。
丘の上の旧市街は、城壁にぐるりと囲まれていることから、「montagne couronnée 冠をいただいた山」と呼ばれる。冠のなかにも、すばらしい発見がいっぱいだ。歩きやすい靴をはいて散策にでかけよう。(集)




【パリからの行き方】
パリ北駅から直行ラン(Laon)行きで約1時間40分。
ラン駅から大聖堂までは、駅の脇にあるバス停留所から4番のバス。(6月の火災で旧市街中心の道の封鎖が続く場合は、Gambettaで下車し、5分ほど歩けば大聖堂に着く)。
⚫︎ ラン観光局 Office de Tourisme du Pays de Laon
Place du parvis Gautier de Mortagne (大聖堂に向かって右)
Tél : 03.2320.2862
www.tourisme-paysdelaon.com
毎日:10h-12h30 / 13h30-18h (月: 10h30-)
観光局の建物は大聖堂に付属する施療院 (オテル・デュー)で、上階では僧侶や富裕層、地下では平民や巡礼者を治療した。一見の価値あり!
「冠をいただいた山」ランの歴史保全地区はフランス最大。
文化財の密集地
ヴィクトル・ユゴーは、「ランはすべてが美しい。教会、家々、周辺そのすべてが…」と娘への手紙に書いた。それから200年近く経った今も、ランは上品で美しい町だ。そしてなぜか知名度は低いのだが、文化財密度が異様に高い。文化財保護のための 「保全地区」は370haで、なんとフランス最大。そこに、歴史的記念物が80もある。



カロリング朝ではランに王宮が置かれ、王はこのアルドン門から入城した。王宮があった場所は今はエーヌ県議会。


大聖堂
Cathédrale Notre-Dame de Laon

密度の話ばかりで申し訳ないが、エーヌ県、オワーズ県、ソンム県からなる旧ピカルディ地方は、〈大聖堂密度〉でダントツだ。ゴシック様式の大聖堂が、60km範囲内に7つ*。それも堂内空間で世界最大のアミアン大聖堂、内陣の高さが世界一のボーヴェ大聖堂 (48.50m)ほか、立派なものばかり。
*アミアン、ボーヴェ、サンリス、ノワイヨン、ソワソン、サンカンタン、ラン。
ランの大聖堂は1155年に着工、1235年に竣工した初期ゴシック様式。正面扉口の半円アーチなど、まだロマネスクの要素が残っているという。内部5本の塔は、この後に造られた他の大聖堂とくらべて重たい感じがせず、風通しのよささえ感じさせる(表紙写真)。ラン大聖堂は、その後造られたシャルトル、ランスの大聖堂などにも影響を与えた。
⚫︎ ラン大聖堂 Cathédrale Notre-Dame de Laon
自由見学は毎日8h30h-18h30(夏は20h)。
※塔に登りたい人は 「En route pour les hauteurs de la cathédrale !」ガイドツアーに申し込む。土日祭日14h30。ツアー開始時間5分前に観光局集合。観光局サイトから申込可。夏は(7/5から)は毎日11hと14h30 (日曜は14h30のみ)。
7€/3.50 €(6-18歳)/6歳未満無料。ペット不可。運動靴着用のこと。階段は209段。
www.tourisme-paysdelaon.com/reservations-en-ligne/

地下に刻まれたランの歴史。
Secret sous la ville

ラン旧市街の地下は、長いあいだ採石場だった。この町の城壁や建物を建造するため、6世紀〜13世紀頃まで採石を続けたため、地下は空洞だらけだという。その地下の一部を見学できる。場所はアンリ4世が造った要塞跡の地下。一部は麦の貯蔵庫として使われたり、19世紀には砲台や火薬庫が造られたりもした。
60万年前、ランはエイやサメが泳ぐ温かい海に覆われていたが、その水が引き、今のような土壌が形成された。地表面から10m〜15mの深さまでは石灰岩層、その下に砂、その下に泥。旧市街の地下は、石灰質と砂の層まで、地下3階〜4階分まで掘られている。家を買って大きなカーヴがあるのはいいけれど、地下の地質調査は必須だし、文化保護区だから工事をするにも手続きが大変。空き家が多いのはそのせいもあるという。大聖堂の地下も空洞があるので、沈下などの動きは厳重に監視されているとか。大聖堂の塔にのぼる前にそんな話を聞いたので、登るのはヒヤヒヤした!

▶︎ 地下見学はガイド付きツアー「Secrets sous la ville」のみ。 12/31までは毎日11h、14h、15h、16h (1時間)。予約は観光局サイトで (右カコミ参照)。ツアー開始30分前に観光局でオーディオガイドをもらい (デポジットとして身分証明書要)、ツアー開始時間にCitadelle de Laon入口(写真)に集合。
9€/4.5€ (6-18歳)/6歳未満無料。ペット不可。運動靴着用のこと。
www.tourisme-paysdelaon.com/agenda/visite-guidee-des-souterrains-de-laon/
クラフトビールは歴史の先生。
BMC (Brasserie de Montagne couronnée)

大聖堂近くのビール屋さんは、ランの愛称をとって 「冠をいただいた山ブラッスリー」。暑い日、ノドを潤すのにいい低アルコール3.2%の 「好色ガーゴイル」。ラン旧市街と下町を結ぶ数々の坂道 「グランペット」にオマージュを捧げるブロンドビール 「ラ・グランペット」。白ビール「Adieu Berthe」はフランク王国の王妃ベルトにちなむ。ここで知ったのだが、ピピン短躯王とのあいだに後のカルル大帝を産んだ王妃ベルトはラン出身。まろやかな琥珀色ビール 「1112」は、ラン市民が圧政を強いた司教をやっつけるべく蜂起した年。勉強になるのでつい足が向く。
1A, rue Georges Ermant 02000 Laon
Tél : 07.6868.8544
日〜水は休。木金:14h-19h、土:10h-12h30/14h-19h。

かつての銘醸地、ラン。
Cuve Saint Vincent

細長いラン旧市街の一部は、クロワッサンのように湾曲している(下の地図参照)。湾曲した中央の窪地は、キュヴ・サン・ヴァンサンと呼ばれ、麦畑、さくらんぼやクルミの木がたわわに実をつけている緑のオアシスだ。かつてランと周辺ではワイン醸造が盛んで、ランス大聖堂で行われる王の戴冠式で供されたり、フランドルやイギリスへも輸出され、この町に大きな富をもたらしたのだが、ここキュヴの丘の斜面でも一面にブドウが植えられていたという。今でも丘の上にはかつての醸造者の家が並んでいる。1853年に鉄道が敷かれ、南仏から安価なワインが流入すると、その後ブドウの病気フィロキセラと第一次世界大戦などでワイン醸造は廃れてしまった (残念!)。

市役所広場にあるシュニゼル門 (Porte Chenizelles)からキュヴに下りる階段まではすぐ。パネルで下りる際の”難易度”が表示されている。丘の上に戻るなら、サン・ヴァンサン修道院跡をめざしてChemin des Froids Culsを登ろう。修道院跡の近くには、1870年の普仏戦争での敗北を機にリヴィエール将軍が造らせたモルロ堡塁も。ドイツとの国境地帯に北から南まで造らせたが、兵器の開発のほうが速く、無用の長物となった防衛設備だ。




ラン出身、ル・ナン兄弟が描いた農家の人
Musée d’art et d’archéologie

ルーヴル美術館に多く所蔵されている17世紀の画家、ル・ナン3兄弟はラン出身。作品のサインが苗字のみだったので、3兄弟の誰が何を描いたのかがわからないなど、謎が多い画家兄弟だ。生家は大聖堂からすぐ近く (前出クラフトビールBMCのある広場☞地図)。3人兄弟の顔が描かれた看板が目印。19世紀の美術評論家ヴァラブレーグは、画家兄弟が描いた農家の人々は、彼らの父親が所有していたブドウ畑で見た人たちだと書いている。検索してみると、農家の人たちは明るいルビー色のワインが入ったグラスを手にしている。

考古学博物館では、兄弟末っ子マチューの 「演奏会 」(1655)を展示 (下の写真。もっと観られるかと期待していたが一点のみだった)。ギターを奏でる女性に愛しい眼差しを注ぐリュート奏者、歌う子ども。笛を口に楽譜を覗き込む老人。人生の3つの時代を表した絵画だという。同博物館の庭には1140年ころ建造されたテンプル騎士団の礼拝堂もある。
32 rue Georges Ermant 02000 LAON
Tél : 03.2322.8700 入場無料
http://ca-paysdelaon.fr/musee.html
10/31まで、月休、火〜日:10h30- 17h30


おすすめレストラン
Restaurant le Péché Mignon

ラン旧市街の目抜通り Rue Châtelaine 通りにあるフレンチ・レストラン。大聖堂からもすぐの距離で便利なのです。この日は前菜にグリーン・アスパラのクレム・ブリュレ風や、スズキのローストにカレー風味のリゾットなど、フレンチに一工夫加えたお料理。肉のソースは北フランスのテーブルに欠かせないマロワルチーズまたはペッパーソース。
53 rue Châtelaine, 02000 LAON
Tél : 03 23 29 35 19
水休。
月と金:12h-14h30 / 19h-22h。
土:12h-14h30 / 19h-23h。
火、木と日:12h-14h30。

Le Logis du Parvis Restaurant
大聖堂の広場にあるホテル・レストラン。テラスも広く、09h30 – 22h00とノンストップで営業、スタッフも多いので休憩にも便利。
「Menu du Terroir Picard」(32.50€)なら、ピカルディ地方郷土料理が食べられる。Flamiche Picarde au Maroilles(ポワローネギのキッシュ、マロワル・チーズ風味)、Carbonnade de Boeuf au pain d’épices, frites(牛のビール煮込み、パン・デピスとフリット)、またはBoudin Blanc de Lapin(ウサギのブーダン・ブラン)。デザートに洋梨の赤ワイン煮。


3 place du parvis 02000 LAON
Tél : 03 23 20 27 27
毎日 9h30-22h
下町 (ville basse) もお忘れなく!
下町のおすすめレストラン
Zorn La Petite Auberge

国鉄ラン駅から1分。ガストロノミック・レストランと、ビストロがひとつの建物に同居していて、気分にあわせて選べる店。
ガストロノミック・レストラン 「Zorn La Petite Auberge(ゾーン ラ・プティット・オベルジュ」は、平日昼の3品メニューが38€。前菜+主菜/主+デザート28€。おまかせ4品61€。
隣接する同シェフのビストロ「Côté Bistrot(コテ・ビストロ)」は、フィッシュ&チップス (18€)や、サーロインステーキ (21€)、ハンバーガー、ステーク・タルタルなどの定番料理が並ぶ。ステーキのソースはやはりマロワル・ソース。パンもおいしい。この店のクオリティーなら22€のメニューはお得!


45 Bd Pierre Brossolette 02000 Laon
Tél : 03.2323.0238
https://zornlapetiteauberge.fr
日休、月は12h-14h (夜休)、火〜金:12h-14h/ 19h30–21h30 (金は -22h)、土 (昼休)19h30-22h。
Les Halles de Laon
下町のおたのしみ② みんなごきげん、常設マルシェ。

2023年に新設された常設市場は、ガラス張りのモダンな建物。大聖堂も見える。魚、肉、チーズ屋さん、バーのまわりにテーブルがあって、魚屋さんもソーセージ屋のお兄さんも、友人とビール片手にお店番。こんなのんびりしたマルシェもいいものです。バーでグラスワインを買い、マルシェで買ったチーズやソシソンとテーブルでつまんだ。

Les Halles de Laon : Pl. Victor Hugo 02000 Laon
国鉄ラン Laon 駅を出たら左手へ、線路沿いを徒歩10分。
木・金・土:8h-13h30

ラン雑学。
メートル法のピエール・メシャンもラン出身。
メートル法確立に貢献した天文学者ピエール・メシャン (1744-1804)はラン出身。左はメートル法より前の、ランで使われていたレンガと瓦の大きさ、長さの尺。フランス革命以前は、それぞれの地方によって尺が違った。

ウサギのクネル
クネルといえば、白身魚でつくるハンペンのソーセージのようなもの。これをウサギでつくったものが、郷土料理として大聖堂前のレストランで出されていた。
