
カンヌ国際映画祭で監督賞と男優賞をW受賞。米アカデミー国際長編映画賞ではブラジル代表作品に選ばれた。この年末に公開の『L’Agent secret』は、紛れもなく2025年度、最高の一本だろう。映画ファンの方は自身へのクリスマスプレゼントにもしてほしい政治サスペンスの傑作である。
寂れた国道脇のガソリンスタンドで、しばし足止めを食らう元研究者の男マルセロ(ワグネル・モウラ)。ひとり黄色いワーゲンにて、カーニバルで賑わうレシフェの街へ向かう。義理の両親に預けたままの幼い一人息子が待っている。
時は1977年、軍事政権下のブラジル。マルセロは有力者の汚職を暴露したため指名手配され、今や追われる身の上に。地下組織の協力を得て、偽造書類を入手し、この不条理な世界から抜け出すつもりだ。
監督は、かつて批評家としてカンヌに取材に来ていたブラジル人クレベール・メンドンサ・フィリオ。2010年代以降は監督として頭角を現し、『アクエリアス』『バクラウ地図から消された村』など、意表を突く秀作群でカンヌの常連となった。常に “土着性”へのこだわりが作品の根底に流れる。
舞台となった湾岸都市レシフェは監督の故郷。やはり土着性を感じさせる土地の横軸に加え、世代をまたいだ時間の縦軸も伸びる壮大なドラマだ。権力の腐敗と政治的弾圧に抗うレジスタンスの人々と、その子孫までも愛着を込め見届け、立体的かつノスタルジックな味わいも豊か。歴史の渦に消えた闘志たちへのオマージュも込められたようだ。
深刻な主題ながら、マルセロを匿う肝っ玉老女の描写などユーモアも忘れない。2時間40分の長尺こそが相応しいフィリオ監督の新たな代表作だ。(瑞)




