今年は国立図書館ミッテランでも個展を開き、子どもの内的世界のうつろいを捉えた作品が評判だったペトロヴィッチ(1964-)。その彼女が、ロマン主義美術館から注文を受けて制作した新作を展示している。
会場は、ロマン主義の画家、アリー・シェフェール(1795-1858)の邸宅とそのアトリエを改装した美術館だ。最初の会場は、シェフェールが作品展示室として使い、毎週木曜日にロマン主義の芸術家たちを招いたサロンでもあったところ。
ペトロヴィッチが地下鉄の中で見かけた、子犬を膝に置いた少女の肖像画(写真下)が展示され、彼女がガエル・リオ館長と会話するドキュメンタリービデオがある。展示作品について語っているので、むしろ全作品を見た後で、ここに戻って見た方が、作品についてより理解が深まるだろう。
続きを見るには、この建物を出て、シェフェールがアトリエとして使っていた別の建物の地下1階に行く。ペトロヴィッチが本展のためにインクで描いた、思春期の少年少女たちの肖像と風景画がある。カーペットは、ペトロヴィッチが展覧会に合わせてデザインした、水の中の藻のような図柄だ。ロマン主義の絵のような、不穏な静けさが漂う小島と水辺を描いた彼女の風景画とマッチしている。
螺旋階段を登ると、キャンバス2枚を合わせて1枚にした大きな油彩が並んでいる。人物はほとんど目を伏せており、内的世界に浸っているかのようだ。二人の人物が描かれていても、二人の目が合うことはなく、間に漂う空気は薄い。絵の中のシチュエーションは曖昧だが、人物の安心感、優しさ、疎外感、寂しさなど、さまざまな感情が絡み合ったものが伝わってくる。
水彩で、水の量を調節して色の濃淡のニュアンスを出す、フランス語でラヴィ(lavis)と呼ばれる技法がある。ペトロヴィッチはインクでこの技法を頻繁に使う。油彩のマティエール(絵肌)も平面的で、遠くから見ると油彩とわからないほどだ。
そのせいか、「あなたの絵はデッサンだ」と言われたことがあるというが、確かにペトロヴィッチの絵は、紙に描いたインク画とキャンバスに描いた油彩の境目が希薄だ。会場のビデオでは、「アーティストの考えはデッサンを見た方がよくわかる。デッサンにはアーティストのエネルギー、息吹がある」と語っている。デッサンは、それ自体決定的な作品だという彼女の、自分の作風への気概が感じられる言葉だ。
会場の案内係は何も言わないが、特別展はここで終わりではない。シェフェールをはじめとするロマン主義の作品とアーティストの遺品を展示した本館にも、ペトロヴィッチの作品が数点ある。「ジョルジュ・サンドの部屋」にかけられたサンドの有名な肖像画の右は、タバコを吸って、「文句ある?」というような眼差しを向けた現代のフェミニスト、サンド。左は、おとなしそうなサンドの息子、モーリス。
サンドの友人で歌手のポーリーヌ・ヴィアルドの部屋には、シェフェールが描いたヴィアルドの肖像画の横に、ペトロヴィッチによる、現代の若者の格好をした夢見るような思春期のヴィアルドの顔がある。館内の床の色にあわせたピンクの色調だ。驚いたことに、サンドは水彩画家でもあった。
ヴィアルドの部屋には、サンドの風景画のほか、彼女が描いた賢そうなヴィアルドの肖像(デッサン)、息子モーリスが描いた貴婦人的なヴィアルドの肖像(油彩)、ヴィアルドが描いたおっとりしたシェフェールの肖像(デッサン)もある。いずれも素人とは思えないほどの出来だ。
ヴィクトル・ユゴーやシャンポリオンを見ても思うのだが、19世紀の人々は、美術が専門ではないのに素晴らしい絵を残している。ペトロヴィッチはこうした3人の人柄と作品からインスピレーションを得て、彼らを現代化したのだ。なんて刺激的な創作の仕方だろう。
これで終わりかと思ったら、まだあった。ローズ・カフェのテラスがある庭の真ん中に、ブロンズ製の少女が、長い骨を犬のように口に咥えて立っている(写真下)。おとぎ話に出てくる「人間を食べる巨人」を小さな少女が食べた後を示しており、おとぎ話の逆をフェミニストの視点で表現した作品だという。絵だけではなかった。本館に展示された手袋や手を表した陶芸作品も見た時もそう思ったが、絵画以外に意外な発見があった。この展覧会は9月10日(日)まで。(羽)
1964年生まれのベテランで、ルーヴル・ランス美術館などでも展覧会をし、2021年にはブルターニュにある現代美術館「エレーヌ&エドゥワール・ルクレール基金」で回顧展を開いた。
Musée de la Vie romantique
Adresse : 16 rue Chaptal , 75009 Paris , FranceTEL : +33 (0)1 55 31 95 67
アクセス : 2番線Pigalle駅最寄り。
URL : https://museevieromantique.paris.fr
月休。火〜日 10:00-18:00。常設展無料、特別展8〜10€。