演劇の祭典、アヴィニョン演劇祭が今年も7月に開催される。76回目を数える2022年は7月7日から26日迄。メイン会場パレ・デ・パップ(アヴィニョン法王庁宮殿)中庭を筆頭に、礼拝堂、石切場跡、修道院回廊など、歴史的建造物を含めた市内20以上の場所が舞台となる。さらに非公式の自主公演「アヴィニョン・オフ」も含めれば、数え切れないほどのスペクタクル(その数は1000以上と言われる)が同時に上演される。“スペクタクル”と一口に言っても、演劇はもちろん、ダンスやサーカス、ミュージカル、コンサート、大道芸など内容は多岐にわたり、町中が陽気な雰囲気に包まれ、さながら“屋根のない劇場”に様変わりする。
コロナ禍で2020年は中止に追い込まれたが、昨年は感染予防対策のもとで実施され、2019年とほぼ同数の観客を集めることに成功した。今年は2013年に芸術監督に任命された人気演出家のオリヴィエ・ピィがついに任期最後の年。いかに有終の美を飾るかに注目が集まる。ピィは今年の演劇祭のテーマに「Il était une fois 昔々」を選んだ。その理由を、今年は童話や神話に関わる作品が多いことに加え、時代の空気も理由の一つだという。フランスは大統領選で揺れた年だったが、ピィは「“物語”が政治的な力となった」と考える。誰もがフェイクニュースという“物語”に振り回される時代だが、真実を見つけることはもはや死活問題でもある。あらためて演劇というメディアを通して、社会における物語の作用を思考する試みの回となるだろう。
今年の大きな話題はロシア人演出家キリル・セレブレンニコフの『Le Moine Noir 黒衣の僧』の上演だ。本作は栄えあるパレ・デ・パップでの開幕作品に選ばれた。彼は演劇界と映画界の双方で実績を残すアーティストで、すでにアヴィニョン演劇祭とは深い付き合いである。反体制派で政治風刺も辞さないが、2017年に公金横領の罪に問われ、長らく露政府から自宅軟禁状態に置かれていた(冤罪との指摘がある)。だが、その難儀な状態にあっても新作を完成させては、アヴィニョン演劇祭やカンヌ映画祭へ新作を送り込んできた。
そして一時的な渡航許可が出た今年初めに、ハンブルグでチェーホフ原作の『Le Moine Noir』を完成させている。その後戦争で情勢不安定となった祖国には戻らず、主にベルリンを拠点に活動を続けているため、5月のカンヌ映画祭に続いて、この7月のアヴィニョン演劇祭にも本人が参加することが叶う。
アヴィニョンではこれを祝うかのように、まさにセレブレンニコフ祭りのような関連イベントが盛り沢山!(※欄外に情報)気になる新作『Le Moine Noir』はチェーホフ晩年の短編の翻案劇。ロシアの好学の士が田舎の友人宅で蜃気楼のような僧に出会うという設定は、現実と妄想を自在に行き来する鬼才セレブレンニコフの世界観とハマりそうだ。
さて、芸術監督の任務が今年最後となるオリヴィエ・ピィだが、演出家としても健在ぶりをみせるだろう。新作『Ma jeunesse exaltée』は9時間(約2時間×4回の実質計8時間)の大作で、アルルカンを主人公に据えたコメディ。これはまだピィが若き演出家だった27年前、アヴィニョンで24時間の長尺劇『La Servante』を上演した頃を彷彿させるチャレンジングな演目だ。まだまだピィは若き演出家たちに負けない意欲旺盛なアーティストなのだ。また、演劇祭最終日にはピィが自ら舞台に立ち、彼がライフワークとするキャバレーの歌姫“ミス・ナイフ”に扮し、ウクライナのアーティスト集団Dakh Daughtersとともに歌う音楽スペクタクル『Miss Knife et ses sœurs』も披露する。
他の参加アーティストとしては、来年からアヴィニョンの芸術監督に就任するポルトガル人演出家ティアゴ・ロドリゲス、Noémie Goudal et Maëlle Poésy、Oona Doherty、Christophe Rauckなどなど。女性演出家の作品を積極的に紹介してきたピィだが、今年も公式招待作品である「アヴィニョン・オン」の46のスペクタクル(共同監督作も多い)のうち、演出家の27人が女性、31人が男性、1人がノンバイナリー(既存の二元的な性別に当てはまらない人)と、ほぼパリテを実現している。
来年からはピィの後を継ぎ、世界の最高峰の演劇祭をロドリゲスがいかに盛り上げ、豊かに発展させるかに期待したいところ。また、アヴィニョンに来られない演劇ファンは、アルテ局やfrance.tvのサイトで中継もあるのでお見逃しなく。(瑞)
アヴィニョン演劇祭
2022年は7月7日から26日迄
https://festival-avignon.com/
▶︎キリル・セレブレンニコフの『Le Moine Noir』は7月7日から15日まで上演。
上演情報、予約はこちら。
▶︎現地ではカンヌで上映された新作『チャイコフスキーの妻』を含むこれまでの映画作品や、セレブレンニコフについてのドキュメンタリー『Kirill Serebrennikov : L’art et le pouvoir en Russie』の上映がある。詳細はこちら。
▶︎7月12日にはセレブレンニコフ監督が『Le Moine Noir』について語るマスター・クラス「Dialogue avec Kirill Serebrennikov. À propos du spectacle Le Moine noir 」を実施。
▶︎パリのシャトレ劇場で上演される(2023/3/16〜19『Le Moine Noir』)のチケット販売中。
アヴィニョンに行けない人はテレビ局のサイトから作品を楽しめる。
▶︎アルテ局では7月9日22h40『Le Moine Noir』を放映。
▶︎france.tvサイトでは7/15〜7/24の期間、特別番組や中継。