伊勢型紙を初めて見たときの、気が遠くなるような感覚は今でも覚えている。免疫ができたつもりでも、見るたびにその精緻な作業に心打たれ、それぞれの意匠に意表を突かれ、美しさに唖然としてしまう。
ジャン=リュック・アルノルドさんも、そんな型紙の世界に魅了された。フランス経済・財務省の官僚だった時代から蒐集してきた型紙は、大・小千点におよぶ。今はリタイアしているが、彼が住むパリ北郊、オルネー・ス・ボワ市での型紙展*の準備に奔走中だ。自分のコレクションから40点ほど、19〜20世紀のものを選んで展示する。
20年ほど前、カルチエ・ラタンのダンテ通りを娘さんと散歩中に、骨董品屋のウィンドーのなかの型紙が目にとまった。ふたりで、ウィンドーにへばりついてじっと見入った挙句に、店に入って説明してもらったのが馴れ初めで蒐集が始まった。
「型紙」は、いうまでもないが小紋や浴衣、友禅などの着物に絵柄を染めるために使う染型紙をさす。起源は諸説あるものの、 8世紀には伊勢白子に型紙業者がいたことが確認され、江戸時代に紀州藩の庇護を受けて発展したという。型紙づくり専用の彫刻刀で、突彫り、錐彫り、道具彫り、縞彫りなどの彫刻技法を、それ専用の彫刻刀を使って彫ったり、染色時に型紙がくずれないように糸で補強する糸入れなどの技巧がある。1955年には、それぞれの技巧における重要無形文化財保持者 (人間国宝)が認定された。93年には日本の経済産業省が、伊勢型紙を 「重要無形文化財」に指定している。
19世紀にアールヌーボーの誕生にも影響を与えたという型紙は米、英、チェコ、オーストリア、ベルギーの美術館などに所蔵され、フランスでもパリ装飾美術館、パリ市立フォルネー図書館、ケ・ブランリー美術館、ミュールーズのプリント生地博物館やナンシー美術館などがコレクションを有する。
「こんなに素晴らしい芸術品だというのに、型紙の職人が今まで6人しか人間国宝に認定されていないなんて…」。準備中の展覧会の副題を、「匿名の人々の芸術」としたのも、何世紀にもわたって人々が積み重ねてきた技巧と美の世界、世間から名を知られることなく芸術品を作り続けてきた職人さんたちへの賛意を表現してのこと。自分の名や顔が出るのも筋が違うとして、かろうじて、名前だけ公表させてもらうところまでこぎつけた。
アルノルドさんの狩猟場は主にネットで、アメリカのコレクターから買うことが多い。夜中、コンピューターに向かうのは珍しくないが、伊勢にも足を運ぶ。次は、紅葉が見たいので娘のヴィルジニさんと一緒に秋に行く。ヴィルジニさんの型紙コレクションは、数では父親には及ばないが、型紙模様の刺青を入れるのが好きで、今や、肌に空きスペースがなくなってきたのが悩みだというから、そのうちに見せてもらいたいものだ。
もうじき金婚式を迎えるアルノルド夫妻、(ふたりとも経済省出身)お金は別会計。「そうでないと、すべて使われてしまいますからね!」と、マダムが笑った。(集)
◎ 7月11日〜22日まで
*KATAGAMI – Un art d’anonymes ,
une collection particulière de
pochoirs japonais
Espace Gainville
Adresse : 22 rue de Sevran 93600 Aulnay-sous-Bois,TEL : 01.4879. 1255
アクセス : RER-B Aulnay-sous-Bois
火〜日 13h30-18h30