Judit Reigl, l’Envol Dessins et Peintures(1954-2012)
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2019年のアンナ=エヴァ・ベルイマン展に続き、力量があるのに不当に知名度が低い女性アーティストを紹介する第2弾としてカーン美術館が主催したのが、ハンガリー出身のフランス人画家、ジュディット・レーグル(1923-2020)展だ。
女性ゆえに同国人の同世代画家、シモン・アンタイの名声の陰に隠れてしまったレーグルが一般に知られるようになったのは、かなり遅かった。2010年にはナント美術館で、2018年にはパリ市近代美術展で、没後の2023年にはベルリンの新ナショナルギャラリーで回顧展が開催された。この展覧会では、彼女のデッサンと油彩の手法の斬新さを知ることができる。
ブダペストの美術学校を出たレーグルは、ハンガリーが共産圏の国になり、政治的指導者の肖像しか描けない状況になったことから、自由を求めて1950年までに8回、国外脱出を試みた。8回目に成功し、1950年6月、ほとんど徒歩でパリに到着。美術学校で同級生だったシモン・アンタイに迎えられた。レーグルより早く国を離れ、パリでシュルレアリスムのリーダー、アンドレ・ブルトンに認められていたアンタイは、レーグルにブルトンを紹介。そこから彼女のシュルレアリスム時代が始まった。1954年にパリで初めて開いた個展のカタログには、ブルトンが序文を書いた。シュルレアリスム時代は5年しか続かず、その後は抽象絵画に向かったが、シュルレアリスム精神はしっかり受け継いた。レーグルがシュルレアリスムの洗礼を受けたことは、本展の出品作からもわかる。
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レーグルは作品をシリーズで制作した。その一つが、ヨハン=セバスチャン・バッハやセロニアス・モンクの曲をラジオで聴きながら、自動筆記で文字を描(書)いた「音楽を基にした筆記 Écritures d’après musique」だ。文字の形をしているが、読めない。会場ではレーグルが制作時に聞いていた曲を流し、制作時の状態を追体験できるようになっている。「描くこと」と「書くこと」の境界線にある作品だ。
☞ジュディット・レーグルが制作しながら聴いていた音楽はこちら
過去の作品をリユースして全く別の作品に仕上げることも行った。郊外の広い家に移ってから、新装のアトリエの床を汚さないよう、失敗作の油彩画を床に広げてカバーシートとして使っていた。何年も敷いているうちに、画布に画材が鳥の糞のようにこびりついて、元の作品が跡形もなくなった。その画布に手を加えて、画材や油が染み込んだ裏側を新たな作品にしたのが「グアノGuano」シリーズだ。年季が入った古い機械のような味わいがある。
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自分では具象を描いているつもりはなかったが、描いているうちに自然と人間の胴体のような形になってきたので「人 Hommes」と名付けたシリーズがある。1972年、ギャラリーでの発表当時、「抽象画家のレーグルが具象に戻った」と思われ、批評家や一般の観客から不評だった。その体験から出たのが、新たなシリーズ「シーツ、コード解読 Drap, décodage」だ。「人」シリーズで制作した失敗作の上に薄い布を乗せ、布をトレーシングペーパーのように使って、そこに下の絵の輪郭を写し取った。そしてテンペラで色を付け、色が滲み出た布の裏側を見せる作品にした。布の白地はそのまま背景として残した。1973年に発表したこのシリーズは詩的であると、マスコミから好意的に評価された。会場入り口にある作品は、ダブルサイズのシーツの大きさで、布の裏に滲み出た絵の具の自然なぼやけ具合が軽やかさを醸し出している。
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展示の最後に2010年代の「 Écriture abstraite 抽象的な書体」シリーズがある。会場内のビデオには、床に広げた巻紙の上に這いつくばって、インクを浸した海綿で、力を込めて、す速く描(書)いていく様子が映る。鳥の形のようなものもある。晩年、体の動きが不自由になったレーグルは「体を動かすのが難しいほど、書体が鳥に似てくる」と言う。ワシにもハゲタカにも見える鳥の形は、縦に描(書)かれると、空に飛んでいくかのようだ。抽象/具象、絵/文字のカテゴリー付けから自由になったレーグルの最後にふさわしいシリーズである。(羽)2/23まで
この展覧会は、4月26日から9月14日まで、ダンケルク(LAAC – Lieu d’Art et Action Contemporaine à Dunkerque 現代アートとアクションの場)で開催されます。
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Musée des Beaux-Arts de Caen
Adresse : Le Château , Caen , FranceTEL : 02 31 30 47 70
アクセス : パリの国鉄Saint-Lazare駅からCaenまで2時間前後。直行あり。カーン駅からはバスかトラムで10分ほど。【Bus】B線 Hérouville St-Clair行きでBellivet下車。またはA線Campus 2行きでQuatrans下車。【Tramway】T1でHérouville St-Clair行きに乗りChâteau-Quatrans下車。またはT3Caen Quatrans行きで終着Château-Quatrans下車。
URL : https://mba.caen.fr/
月休、火〜金:9h30-12h30/13h30-18h 土日祭日:11h-18h 5€/4€/26歳未満無料
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