フロベールの遺作となった『ブヴァールとペキュシェ』(1881年)には、世間から見放されている人物が何人か登場する。
その中でも、食に興味がある読者がどうにも気になってしまうのが、大食漢のマルセル。「捨子として宿なしのまま野原で大きくなり、そのながい窮乏生活から、いくら食べても飽くことを知らない貪欲を身につけていた。病気で死んだ動物だろうと、腐った脂肉だろうと、轢き殺された犬だろうと、肉片が大きくさえあれば何でもよかった」。(鈴木健郎訳)
あらゆる快楽を追い求めるだけでなく、慈悲深いところのある主人公ブヴァールとペキュシェは、その醜い外見と言葉遣いから誰にも相手にされないマルセル、食べるばかりで料理もまともに出来ないマルセルを使用人として雇う。
教育に捧げられている最終章では、ブヴァールとペキュシェはふたりの孤児をひきとって子育てに取り組むことに。育児にあたって子どもの性格をつかむことが肝要と考えたふたりは、骨格から性格を判断する「骨相学」なるものの研究に没頭。はたして、マルセルの耳たぶや眼に貪欲の相を見つけると、ふたりは「そんな男はとても養っておけない」と恐れをなすのだった。その後、マルセルを解雇したかどうかは読者の想像にゆだねられている。
『ブヴァールとペキュシェ』執筆中のフロベールは、甥が破産するのを防ぐためになけなしの資金をゆずったこともあり、貧困すれすれの暮らしをしていた。資料として収集した1500冊もの本を読み、一字一句に神経を使いながら、若い時から構想を練り続けてきた大作に向かい合う日々……。作家のレイモン・クノーは、そんなフロベールの遺作を古代ギリシアが生んだ傑作『オデュッセイア』と並んで評している。(さ)