2016年7月に86人の死者を出したニース・テロ事件の裁判が9月5日に始まった。場所は昨年9月から今年6月までパリ同時多発テロ事件の裁判が行われたのと同じパリ・シテ島の特別法廷。判決は12月半ばの予定だ。
事件は16年の7月14日夜、革命記念日の花火大会の終了直後に起きた。海岸沿いの遊歩道を歩いて帰宅する群衆に19トントラックが突っ込み、約2kmにわたって人々をなぎ倒し、未成年15人を含む86人(うち外国人客33人)の死者、約400人の負傷者を出す大惨事となった。トラックを運転していたチュニジア人モハメド・ラフエジ=ブフレル(31)は暴走後に反自動拳銃を発砲し、警官に射殺された。2日後になってイスラム国(IS)が犯行声明を出した。
犯人が犯行直前に送ったSMSや携帯電話の写真から、犯人の銃の調達に関わったとされる知人・友人が逮捕された。チュニジア人3人(うち2人は仏国籍もあり)は、1人は銃調達を仲介したとして、2人は犯人の過激化を知っていたとして「テロ関与」の罪状で起訴。銃器を供給したアルバニア人4人が「犯罪関与」の罪状で起訴された。テロ共犯罪は問われていない。銃器供給の疑いで逃亡中のチュニジア人を加えて計8人が被告だ。
捜査によると、犯人はイスラム信仰心が薄く、子ども時代に父親から日常的に暴力を振るわれたためか暴力的で自殺未遂歴もあり、精神に異常をきたしていたとされる。犯行前の6月末からISの暴力的な動画を見て急速に過激化した。犯人の妻は2011年以降ドメスティック・バイオレンス(DV)で2度告訴して、14年に3人の子を連れて別居。犯人は2度目の告訴で16年6月下旬に警察の事情聴取を受けたが、捜査が進展する前に犯行に及んだ。
犯人は事件の3日前にレンタルしたトラック内で被告らの写真を撮り、彼らの名前や住所を記したSMSを送っており、チュニジア人被告3人は犯人が故意に自分たちを犯行関係者に仕立て上げたと主張している。犯人は犯行の10日前頃、ISに共感する発言をしていたと被告の一人は供述しているが、捜査当局は犯人がIS戦士だった証拠は見つけていない。暴力的な性向、精神的不安定、自殺願望がイスラム過激派のテロ教唆に結びついて犯行に及んだと分析し、ISの犯行声明は便乗とみている
原告は遺族ら865人、半分はニースのある県在住者だが、他県や外国人の原告もいる。240人が証言台に上る予定で、ニースからパリの公判に出席する人には交通費・宿泊費などの払戻しや給与補償もあるが、事件のトラウマを抱える遺族にパリ上京を強いるのは負担が大きすぎるとの声もある。公判は録画され、500人収容のニースの会議場に中継される。また、テロの責任を負うべきは8人の被告ではなく、死んだ犯人および警察の安全対策の欠如とする原告の声もある。ISがあらゆる手段でのテロを呼びかけていた時期に車道と歩道を区切る遮蔽物を設置せず、犯人がトラックで現場を何度も下見していた防犯カメラの映像を生かせなかったことなど警察の警備態勢の問題については捜査が続行中だ。
小さな子どもも犠牲になった痛ましい事件だが、6年経った今も心理カウンセリングを受けている子どももいるという。DV告訴の際に警察が精神的ケアなどの措置をとっていたら、この事件は起こらなかったかもしれないと考えると、何ともやりきれない思いがする。この裁判を経て、被害者が一つの区切りをつけられるようになることを心から祈りたい。(し)