「エリート主義」や「閉鎖性」を非難され、開催二週間前にアカデミー役員会の総辞職騒ぎに発展していたフランス映画の祭典セザール賞。当日の2月28日は波乱が予想されたが、やはりというか、授賞式の終盤に一波乱が起きた。
毎年セザール賞は、映画界の大御所に名誉賞を与えるのが恒例行事。以前はフランスの映画人に授与することが多かったが、近年はハリウッドの大物に授与することが多く、セザールがハリウッドに媚を売る絶好の機会となっていた。そして当初、今年はブラッド・ピットが来場予定だったが、本年度のセザールの不穏な空気を察知したのか、ブラピは辞退し、セザール史上初めて、名誉賞が立ち消えになった年にもなった。
リベラシオン紙は授賞式の当日、「セザール、大きな溝」と題し(冒頭の写真)、ロマン・ポランスキー監督と女優のアデル・エネルを対決させたような写真を表紙に選んだが、果たして、その対立構図そのままの展開となったのだ。
長年、未成年への性暴力で訴えられているポランスキーだが、今回はドレフュス事件を題材とした『J’accuse(私は弾劾する)』が12回(11部門で計12回)ノミネート。対する女優のアデル・エネルは、昨年11月に、自身が10代前半でクリストフ・リュジア監督から受けた性暴力を告発し、今やフランスにおけるMeToo運動の牽引役的存在となっている。同時に、作品賞にノミネートされたセリーヌ・シアマ監督『Portrait de la jeune fille en feu(炎の若い娘の肖像)』の主演女優でもあり、本人も主演女優としてノミネートされた。
つまり、今回のセザール賞では作品そのものの正面対決に加え、「芸術家の“作品”と“人格”は分けて考えるべきか否か」の問題でも二人は対立関係にあった(ポランスキー本人は罪を認めていないが)と言える。エネルは授賞式の前にニューヨーク・タイムズなどへのインタビューで、「ポランスキーに賞を与えることは、全ての被害者の顔に唾をかけること。すなわち、女性を強姦しても大したことがないということ」と発言し、波紋を呼んだ。
一方、ポランスキー側は、授賞式の二日前に「授賞式には出席しない」ことを宣言しており、ジャン・デュジャルダンやルイ・ガレルら、俳優としてノミネートされた関係者らも、式への出席は取りやめている。授賞式前には会場のサル・プレイエルの前では、女性のフェミニスト団体を中心に数百人が「反ポランスキー」を掲げ集結し、現場は騒然とした。この勝負はエネルに追い風が吹いているように見えた。
ところが蓋をあけると、『J’accuse』は脚色賞とコスチューム賞を着々と獲得、さらに終盤には監督賞まで獲得したのだ。セザール賞の最重要の賞は作品賞だが、最後から二番目に発表される監督賞は、次点とも位置付けられる注目の賞である。
ポランスキーの受賞が発表されると、アデル・エネルは突如席を立ち、「C’est la honte! 恥だ!」と声を上げ出て行った。その後をセリーヌ・シアマ監督や共演のノエミ・メルランらが続き、映像で確認できるだけでも数十人以上が一斉に会場を後にした。会場は大いに微妙な雰囲気に包まれた。怒りが収まらない様子のエネルは、会場から出る直前のロビーでも、「ペドフィル万歳!ブラボー、ペドフィル!(小児性愛者万歳)」と手を叩き叫んでいた。
監督賞の発表直後は、緊張した様子の女優サンドリーヌ・キベルランが登場し、作品賞の発表へ。ここで作品賞までも『J’accuse』が選ばれてしまうと暴動でも起きかねない雰囲気だったが、結局ラジ・リ監督の『レ・ミゼラブル』が受賞し一件落着、最後にはなんとか平穏に式を終わることができた。
今回の授賞式では、ホスト役の人気女性芸人のフロランス・フォレスティが、セザール賞の冒頭から緊張をほぐすユーモアを連発し、大奮闘を続けていた。ただし、彼女は『J’accuse』の監督賞受賞の後、忽然と姿を消した。そしてインスタに「Écœurée
(吐き気を催させる)」の文字をあげ、はっきりと不満を表明した(現在は削除したようだ)。
フォレスティは、もともとポランスキーのノミネートを快く思っていなかった一人。授賞式1ヶ月前には、ノミネート作品を発表する記者会見上で、ポランスキーの『J’accuse(私は弾劾する)』を、『Je suis accusé(私は弾劾される)』と、受け身型にしわざと言い間違えるという技をやってのけ(ビデオ)、大いに話題になっていた。ちなみに今回、ポランスキーは『J’accuse』で12回ノミネートされたが、彼に性被害を訴えた女性の数も12人(10代の未成年が多く、最年少は9歳!)である。
エネルやフォレスティのように授賞式の場を放棄することで、はっきりと異議を表明するのもひとつの方法だろう。一方で、式の最後まで残ったファニー・アルダンの言葉は、立場は異にするのだが、なかなか味わい深かった。このご時世にポランスキー派を表明するのは大きなリスクだと思うのだが、さすがは大女優、肝が座っている。お隣にいた『La
Belle Epoque』のニコラ・ブドス監督が、必死に火の粉を被らないよう、ポランスキー問題への直接回答を避ける小心ぶりとは対照的である。
カメラに囲まれインタビューに答えるアルダンは答える。「私が誰かを好きな時は、情熱的に好きになります。私はロマン・ポランスキーが大好きですから、(受賞したことは)彼のためにとても嬉しいです。皆の意見が一致しないのはわかりますが、でも、自由、万歳です。私はギロチンまでついて行くでしょうし、刑の宣告は嫌いです」
さて、荒れに荒れたセザール賞に対しては、ネット上で「恥のセザール」というハッシュタグができたり、「もう見ない」宣言をする人が出るなど、苦言が飛び交っている。だが、フランスの映画文化に光を当たるためにも、作品の顕彰やスタッフへの労いの場は残っていた方が良いに違いない。昨日は司会のフォレスティが、舞台上で「最後のセザール賞」とわざと言い間違える冗談もやっていたが、本当にセザールを今年最後にしてはいけないだろう。
実は近年下降気味だったセザール賞の視聴者数だが、今回は昨年に比べ大幅に回復し216万(昨年は165万人)となっている。『J’accuse』騒動やフォレスティ効果で、かなり注目はされたようだ。たとえ何かしらの問題を抱えていても、問題を改善していけるのが良いわけで、今回の「ポランスキー VS エネル騒動」は、問題の可視化には大いに役立っているはずなのだ。今回の騒動がどのように映画の未来のために寄与するものなのかに注視したいと思う。(瑞)
●第45回セザール賞授賞結果
作品賞:『レミゼラブル』ラジ・リ
監督賞:『J’accuse』ロマン・ポランスキー
主演男優賞:ロシュディ・ゼム(『ルーベ、嘆きの光』)
主演女優賞:アナイス・ドゥムスティエ(『アリスと市長』)
助演男優賞:スワン・アルロー(『Grâce à Dieu』)
助演女優賞:ファニー・アルダン(『La Belle Epoque』)
新人男優賞:アレクシス・マネンティ(『レミゼラブル』)
新人女優賞:リナ・クドリ(『Papicha』)
脚本賞:『La Belle Epoque』ニコラ・ブドス
脚色賞:『J’accuse』ロマン・ポランスキー
新人作品賞:『パピシャ』ムニア・メドゥール
音楽賞:ダン・レヴィ『失くした体』
撮影賞:クレール・マトン『Portrait de la jeune fille en feu(炎の若い娘の肖像)』
音響賞:ニコラ・カンタン、トマ・デジョンケール、ラファエル・ムテルド、オリヴィエ・ゴワナール、ランディ・トム
『Le Chant du loup』
美術賞:ステファヌ・ロゼンボーム(『La Belle Epoque』)
衣装デザイン賞:パスカリン・シャヴァンヌ(『J’accuse』)
編集賞:フローラ・ヴォルプリエール(『レ・ミゼラブル』)
短編賞:『Pile Poil 』ロリアンヌ・エスカフル、イヴォニック・ミュラー
アニメーション賞:『失くした体』ジェレミー・クラパン
短編アニメーション賞:『La Nuit des sacs plastiques 』ガブリエル・アレル
ドキュメンタリー賞:『M』ヨランド・ゾベルマン
外国映画賞:『パラサイト』ポン・ジュノ
観客賞:『レミゼラブル』ラジ・リ