アフリカ系の女性監督がカンヌ映画祭のコンペティション部門に選ばれたのは史上初のこと。しかも長編第一作目にして、いきなりグランプリ(次点)を受賞した。さりげないロングシュートが予期せず大きなゴールに入ったようなもので、授賞式ではマティ・ディオップ監督本人が一番驚いているようにも見えた。カンヌ効果でネットフリックスも購入済みの話題作がいよいよフランス公開へ。1982年生まれのセネガル系フランス人の新星だが、すでに女優として活躍し、父はジャズ・ミュージシャンのワシス・ディオップ、叔父は映画監督のジブリル・ディオップ・マンベティという納得の血筋も誇っている。
ダカールの海辺。支払いが滞る工事現場では労働者が不満を募らせている。彼らは希望の地スペインを目指しアトランティック(大西洋)を渡る。家族や恋人たちは男たちの帰りを待つ。映画は若いカップル、スレイマンとアダに焦点を当てる。アダには裕福な婚約者がおり結婚の日が近い。だが思いを寄せるのはスレイマン。彼の出発後、周囲で不思議な騒動が次々と起きる。
ふいにドラマはファンタジーの色を帯びる。現世の隣で冥界が口を開け、亡き人が当たり前に登場する様はアフリカやアジア的な表現だろうか。 ディオップが敬愛するアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『ブンミおじさんの森』の影響も感じさせる。カンヌでは審査員の一人が「映画祭の最初に上映があったが、最後まで頭から離れなかった」と語っていたが、たしかにジワジワと記憶に残るような作品なのだ。太陽の光が降り注ぐ陽気なアフリカはなく、砂ぼこりの舞う陰鬱な曇り空や、夜の青く深い闇が映画のトーンを作る。深海に引き込まれながら夢を見ているような不思議な映画体験であった。(瑞)