フランス文学を代表する作家であるフロベールは、50代半ばで経済的に苦しい生活を強いられるようになった。そんな事情について、師であり友人である作家のジョルジュ・サンドに宛てて1875年の8月にこんな手紙を書いている。 「伝えるには悲しすぎることがあったので、手紙を書けないでいました!(中略)――よく見積もっても、慎ましく生きていくだけのものが残るかどうかといったところです」。精神の平安を乱されて仕事に向かうことが出来ず「私の哀れな脳みそは粉々になってしまいました」と訴える年下の友人からの手紙に、サンドは心を動かされた。 そのわずか2年前、出不精のフロベールが生まれ故郷のノルマンディーを離れてサントル地方にあるサンドの城館を訪れている。楽しい夕食の後、スカートをはいてファンダンゴ(アンダルシア地方の舞踏)を不器用に踊っていた太っちょのフロベールの姿が脳裏に浮かんだのだろうか。サンドは、その手紙を受け取った翌々日には、政治家のアジェノール・バルドゥーに手紙を書き、状況を変えるための手段はないかとかけ合った。
そんな働きかけのおかげもあり政府から公的年金を受け取ることになったフロベールは、晩年もどうにか小説を書き続けることが出来た。生前に出版された最後の作品である短編集『三つの物語』(1877 年)に収められている『純な心』は、時には母のように、時には恋人のようにフロベールを支え続けたサンドに捧げられている。その物語の主人公は、ノルマンディーの田舎で慎ましく暮らす、「新鮮なパンのように柔らかい」フェリシテだった。「19世紀で最も美しい往復書簡」とも呼ばれるフロベールとサンドのやり取りには、ふたりの人間、ふたりの芸術家の魂がむき出しになっている。そして、その揺るぎない師弟愛は、フロベールとモーパッサンとの関係に受け継がれていった。(さ)
アトランさやか著 新刊発売
「ジョルジュ・サンド 愛の食卓」
19世紀ロマン派作家の軌跡
本紙にて2012~13年に連載された記事が元になり、ジョルジュ・サンドの人生と作品、そして食についての本が刊行されます。著者アトランさやかさん、日本から出版元・現代書館の編集者を招いての発表会。ぜひお越しください。
新刊発表会 12月4日( 火)18hより
Espace Japon:12 rue de Nancy 10e
ご来場の方全員に、特製ジョルジュ・サンドぬりえポストカードを差し上げます。