予想を裏切ったパルム・ドール賞。
「今年のコンペティションは不調だね…」。第70回カンヌ映画祭はこんな言葉が飛び交っていた。豊作だった昨年にくらべ、最高賞のパルムドールに相応しいインパクトのある作品が、目に見えて少なかったからだ。それでも審査委員長のペドロ・アルモドバルをはじめ審査員らは、大方の予想を裏切る形でスウェーデンの鬼才リューベン・オストルンド監督の『The Square』を最高賞に推した。やや意外とはいえ、いざ選ばれてみると、斬新な個性が光る、かなり座りの良いパルムドールにも思える。
本作は現代美術館キュレーターの男の、悪夢のような不条理劇。コメディの味わいもある作品がパルムドールに輝くのは、かなり珍しいと言えよう。この結果は、昨年パルムドールの最有力候補と囁かれながら無冠に終わったコメディタッチの『ありがとう、トニー・エルドマン』のマーレン・アデ監督が、審査員メンバーに加わっていたことと無関係ではないのかもしれない。つまりこの最高賞は、「暗い・重い」芸術作品ばかりが好まれ、コメディを評価したがらぬカンヌに対する、審査員メンバーからの無言の異議申し立てにも見えてくるからだ。
リューベン・オストルンド監督は、バカンスを雪山で過ごす家族の崩壊を描いた前作『フレンチアルプスで起きたこと』が、三年前のカンヌ映画祭ある視点部門で審査員賞を受賞し、世界で名を知られるようになった1974年生まれの新鋭。鋭く冷めていながらも洗練された人間観察は北欧テイストだろうか。受賞会見では、「カンヌは特別な場所。ロイ・アンダーソン監督といったスウェーデン監督の先人の文化を受け継いで自分はここにいる」と語った。
女優賞クルーガー、男優賞はフェニックスに。
下馬評でパルムドールの呼び声が高かったのは、フランス人ロバン・カンピヨの『120 battements par minute』と、ロシア人アンドレイ・ズビャギンツェフの『Loveless』。それぞれグランプリ、審査委員賞を受賞した。授賞式でロバン・カンピヨ監督とともにひと際盛大な拍手を浴びていたのは、ファティ・アキン監督の『In the Fade』に主演し、女優賞を獲得したダイアン・クルーガー。ネオナチによる爆弾テロで最愛の夫と息子を失った女性を繊細に演じ、文句なしに彼女の代表作の誕生となった。「アキンは限界まで役者を連れていく監督。個人的に特別な思いのある作品となった。私にとっては、この映画に出る“ 前 (ビフォア) ” と “ 後 (アフター) ”の人生がある感じ」(クルーガー)。
リン・ラムジーの『You Were Never Really Here』で男優賞を受賞したホアキン・フェニックスは、本人が全く受賞を予想しておらず、名前を呼ばれてもしばし茫然自失。壇上では「スニーカーで来てごめんなさい」と笑いを誘っていた。
コンペ外作品に、印象強い作品。
さて、コンペ部門は全体に低調気味だったとはいえ、コンペ外作品では秀作も多かった。筆者が見られた中では、「ある視点」部門のグランプリを受賞した不屈の人、イランのモハマド・ラスロフ『Lerd』、精神病院の患者との対話を凝視するレイモン・ドパルドンのドキュメンタリー『12 Days』、アニエス・ヴァルダとストリート・アーティストJRという54歳の年の差コンビによるドキュメンタリー『Visages Villages』などは強い印象を残し、しばらく心に残って離れそうもない。公開時に迷わず劇場に駆けつけてほしい秀作だ。
パリ在住の映画ファンにとっては、これから息つく暇もなく、恒例のカンヌ再上映が順にスタート!一緒に、ある視点部門 (5/31~6/6 @ Reflet Médicis)、監督週間 ( 6/1~6/11 @フォーラム・デ・ジマージュ)、批評家週間 (6/7 ~ 6/14@シネマテーク・フランセーズ)の作品を追いかけてゆきましょう。(瑞)
受賞作品
●パルムドール 『The Square』(リューベン・オストルンド監督)
●第70回記念賞 ニコール・キッドマン
●グランプリ 『120 battements par minute』(ロバン・カンピヨ監督)
●監督賞 ソフィア・コッポラ監督(『Les Proies』)
●男優賞 ホアキン・フェニックス(『You Were Never Really Here』)
●女優賞 ダイアン・クルーガー(『In the Fade』)
●審査員賞 『Loveless』(アンドレイ・ズビャギンツェフ監督)
●脚本賞 ヨルゴス・ランティモス(『Mise à mort du cerf sacré』)
リン・ラムジー(『You Were Never Really Here』)