「Zenって何?」外国生活のなかで不意に問われ、戸惑ったことはないだろうか。次回はまともに答えられるようにと、こっそり本を入手した経験はないだろうか。
フランス大学出版社の〈クセジュ文庫〉は2008年に『禅/Le Zen』を刊行した。127ページで禅の世界が一望できるこの本は、2010年に再版され、さらに5月24日にも3度目の再版が予定されている。日本語訳はされていないが「アラビア語、トルコ語とスペイン語に訳されているんだよ」と著者のジャン=リュック・トゥラ=ブレッスさんは嬉しそうだ。新聞・雑誌などの記者・編集者として活動しながら、仏教と禅宗に関する本をPicquier出版やActes Sudなどから著書を4冊出版するなど、アジア文化に精通した記者として知られている。
「フランスでは〈Zen〉は、リラックスしたムードだ、穏やかだ、のような意味合いですっかり定着しました。一時期ほど聞かなくなりましたが、今はまだZenに匹敵する別の言葉もないので、使われ続けそうです」。銀行や自動車の広告、ファッション誌などでも、本来とは全く違った意味合いで〈Zen〉が乱用されていたのも、『禅』を書いた理由だそうだ。
禅の起源から、誕生と普及、高明な禅僧たちの紹介、禅が弓道、茶道、庭園、詩作など伝統文化をどのように形成しているかなどを、順にひもとく。そして、戦後から今日まで世界の芸術家たち(ビート・ジェネレーションの詩人たち、ジャクソン・ポロックやマーク・ロスコー、イヴ・クラインら画家、レナード・コーエンやジョン・ケージなど音楽家)がどのように禅に影響を受け、それが表現に生かされたのかを説明する。精神分析と禅、政治と禅との関係などにも言及している。執筆には2年間かかったそうだ。
今から50年前、曹洞宗の禅僧、弟子丸泰仙(でしまる・たいせん)はフランスに渡り、禅宗の布教を始めた。ヨーロッパ禅仏教協会を立ち上げ、パリ13区に仏国禅寺、ブロワ近くに禅道場「禅道尼苑」などを開設。フランス以外の欧州の国にも赴き、カトリック修道僧とも交流しつつ、欧州の禅ブームを起こした。ジャン=リュックさんは、台湾のキン・フー監督の映画『A Touch of Zen/侠女』が1975年にカンヌ映画祭で受賞したことも、Zenという言葉を広く一般に広め、人々の想像を掻き立てるのに貢献したと考える。
ところで、ジャン=リュックさんの「弱点」は、食いしん坊なことのようだ。禅について話しているはずが、すぐに食べ物の話に逸れてしまう。想像していた『禅』の筆者のイメージと違う。聞けば、〈食とエロス〉がテーマの本を構想中で、〈旅する食材〉に関する本は今印刷中で、11月に出版される予定だそうだ。(六)