モーパッサンの『ベラミ』(1885年)の主人公デュロワは、あらゆる世代の女性にもてる。結婚をする前もした後も、その日常には複数の女性の影が後をたたない。例えばある午後には、白髪交じりのヴァルテール夫人と時間を過ごす。そして、この「お婆さん」が部屋を出ていくと、パリの道を散歩しながら次に会う予定の若い方の愛人ド・マレル夫人に思いを馳せる。「菓子屋の前を通りかかると、クリスタルガラスのコップの中にはいっているマロン・グラセが眼についた。と、彼は考えた。『クロチルドに一斤買って帰ろう。』そこで、女の大好きな砂糖をまぶしたこの木の実を一袋買った。」(杉 捷夫 訳)
フランスで、マロン・グラッセが作られて販売されるようになったのは1882年のこと。きっと、新しい菓子として当時もてはやされていたのだろう。ド・マレル夫人はこのプレゼントを前に、両手をたたいて喜ぶ。デュロワの膝の間にうずくまって好物を食べながら、まるで小さな女の子がそうするように、自分が見た夢の話などをはしゃぎながら披露するのだった。
このすぐ後には、デュロワの浮気がばれてメロドラマ風の展開に。どこまでも利己的なデュロワは、ド・マレル夫人に怒られて反省するどころか、ヴァルテール夫人に対する復讐を誓う……。
短編小説『脂肪の塊』が認められ、1880年頃からパリの社交界に迎えられた美男子のモーパッサン。きっと、何人もの女性たちとマロン・グラッセを食べたに違いない。それでも、『ベラミ』が発表されてから数年後には華やかな世界にも飽きたのか、都会を離れて静けさを求めるように。遺伝的な要因もあり、不幸にも43歳の若さにして精神病院で亡くなってしまった。(さ)