水を氷にするには、水を湯にするよりも時間がかかる。困難なもの、希少なものはあがめられるのが世の常で、1867年のパリ万博の際にイタリアからやってきた製氷機は大成功を収めた。とはいえ、製氷機で作った味のない人工氷は食用には人気がなく、ノルウェーやフィンランドの氷河から切り出してはセーヌ川をさかのぼってパリまで運ばせる、北欧の塩香る「切り出し氷」を人々は好んで食べた。この氷、需要の最も高い夏には値段が高騰し、敷石大のもので1フラン。当時は1フランも出せばフルコースのディナーでお釣りが出て、ワインなら4リットルは買えた。ゆえに、ベルエポックのパリでは夏になると高級レストランがこぞって氷菓を出し、そのひんやりとした口どけとともにスノッブな気分を味わうのが見栄っぱりな富裕層の楽しみだった。(み)