11月半ば夕方、M氏は日本から商用で訪れた知人をロワシー空港まで車で迎えに行き高速道路をパリに向かって走っていた。環状道路へ合流する渋滞区間をノロノロ走っていたら突然、後部右側の窓がものすごい音をたてて割れ、ぬーっと伸びた黒い手が客人のボストンバッグを奪った。犯人は石のようなもので窓ガラスを破るとバッグを奪い、高速の塀を乗り越えて逃走した。その間約3秒。
「バイクでも突っ込んできたかと思いました。一瞬のことなので何がなんだか全く分かりません。犯人の顔?そんなの見る間もない。黒い覆面と黒い手袋で完全扮装してましたから。プロの仕業でしょうね」とM氏は語る。
すっかり動転してしまった客人をなだめつつ17区の警察に直行したが、派手に壊された車の窓を見ても警官は眉ひとつ動かさず、保険のための書類をタイプして「Voila!」でおしまい。いくら保険が適用されても心に受けた傷まではカバーしてくれない。客人はそれから2日間眠れず、仕事の書類を全部失ったため折角のパリ滞在が台なしになってしまった。
M氏は、被害にあった場所や時間や手口が最近頻発していることをさまざまな人から聞いて驚いた。10年以上も旅行会社に勤め、時には1日に何度も空港に行っていたというのに、今まで聞いたことがないパターンだという。
「これは日本人に狙いを定めたグループだと思います。大型バスやタクシーは狙われてないようです。ラッシュ時で車が動かないのも計算されているんです。ひょっとすると携帯で連絡を取りながら対象を見つける者と、実際に行動を起こす者との共同作業かもしれません。いずれにしても犯行手口が攻撃的になってきています。被害を最小にとどめるためにも貴重品は外から見えないところに隠したり、中央車線を走ったり、客であっても助手席に乗せたりなど、工夫をしたほうがいいと思います。警察は何もしてくれません。在仏25年目にして、自分の身は自分で守らなくてはということを痛感させられました」
パリを訪れる観光客を減らさないためにも、フランスに住む私たちがもっと暮らしやすくするためにも、どうかM氏の体験を無駄にしないようにしたいものだ。(IKU)