マドレーヌの香りに遠い記憶を呼び覚まされたプルースト。「さようなら」のあとの残り香に胸を締めつけられる恋人たち。「香り」が日々果たす役割はなんだか不思議に大切だ。
食文化とともにフランスが誇る香りの文化、香水。そのうっとりとするような香りを生むのは調香師だ。ヴェルサイユにある香水・化粧品・食品香料国際高等学院 (Institut Superieur International du Parfum, de la Cosmestique et de l’Aromatique Alimentaire : ISIPCA) は、世界唯一の香水の高等専門教育機関で調香師の登竜門ともいうべきところ。ここで森花菜子さんは毎日勉強をしている。
香水との出会いは、化学を専攻していた大学3年生の時に留学したイギリスでだった。イギリスで盛んなアロマセラピーに興味を持ち、本を読んでいると、ある大学教授の名が目に飛び込んだ。思い切って会いに行くと、実は彼は調香師。小さな頃から音楽が大好きだった彼女は、科学的な視点と芸術的感性のどちらも生かせる研究がしたいと思っていた。漠然と抱いていたイメージは、いい香りのするこの出会いではっきりと姿を現わしたようだ。その2年後、98年秋にフランス政府給費留学生としてISIPCAに入学することになった。
この学校に入るには、まず化学の高等教育課程を終了していることが条件だ。調香についてはもちろん、各香料の特性、有機・物理化学、マーケティング、商法など、2年間で学ぶ事柄は大変な量。調香師になるにはその後も長年修行を積まなくてはならない。今年学校でたったひとりの日本人の花菜子さんは、フランス人の同級生と香りに対する感じ方のギャップから自信がなくなることもあるという。「…のような香り」というとき、過去の記憶から答えを引き出してくるわけだから、経験してきたことが違えば表現も変わる。文化の違いとは記憶のエレメントの違いでもある。でも、「源氏物語を読むと昔から日本の生活にも香りが深く浸み込んでいたのがわかります。日本人としての感性を大切にしつつ、これからもフランスで香水の勉強を続けていきたい」という花菜子さん。彼女がいつか作る香り、どんな記憶を呼び覚ましてくれるのだろう。(仙)