本年度、カンヌ映画祭で最高賞のパルムドールを受賞したジャック・オーディアール監督『Dheepan』が、8月26日から全国公開されている。カンヌの授賞式でブーイングが出たと聞く。もっと良い作品があったじゃないか(しかし映画に対する評価なんて個人差があって当然。自分が評価しない作品が受賞しても怒るな)とか、オーディアール作品ならもっと素晴らしいのがあったのに今さら(と言ったって審査員は毎回替わるし、前作との比較で賞を出すわけじゃないでしょ)といったあたりが不満の種だったようだ。
しかし私はこの映画を高く評価します。難民問題が大きくクローズアップされている今日、戦禍と貧困のスリランカからフランスに逃れて来た難民、ディーパン(タイトルは主人公の名前)の物語は、余りにも時宜を得ています。しかし、この映画は社会的・政治的な問題を直截(ちょくせつ)扱っているわけではなく、人間を描いているのです。だから社会派映画を期待して観に行くと肩すかしを食うかもしれませんが、私はこの肩すかしを逆に心地よく受け止めました。
難民として海外に出るために赤の他人の男と女と少女が疑似家族になるという不条理から物語は始まる。偽装妻はイギリスに行きたかったが、偽装夫(ディーパン)の目指す先はフランス。ディーパンはパリ郊外の低所得者集合住宅の管理人の職を得る。偽装妻のヤリニも近所の身障者の家で家政婦として働き始める。偽装娘のラヤールは小学校に入学。その日、ラヤールは学校の雰囲気に怖気づき、思わず「一緒に居て!」と偽装親のもとに駆け戻る。戸惑う偽装親…。人前では家族として振る舞わなければならないが、家では3人の他人が一つ屋根の下に暮らす日々。しかし人間には情というものがある。一緒に居ると情は移る。ある日、近所を牛耳るマフィアの抗争に巻き込まれた偽装妻を偽装夫は決死の覚悟で助けに行ったのだった。
これは偽装家族が真の家族になる過程を描いた映画だ。主演の3人は映画初出演。しかし微妙なニュアンスを表現する3人の演技力に舌を巻いた。オーディアール監督は、マチュー・カソヴィッツ、タハール・ラヒム、マティアス・スーナールツといった未来のスターを見つけ輩出している。今回の異色の3人は、果たして…? (吉)