これほど多くのディエゴ・ベラスケス(1599-1660)作品をフランスで見られる機会はない。今春、一番話題の展覧会だ。
会場は年代順に分けられている。セビーリャの画家フランシスコ・パチェーロの工房に弟子入りした修行時代に、酒場で飲食する底辺の人々を描いた「居酒屋風景 Scène de taverne」は、構図や光の当たり方がゴッホの「ジャガイモを食べる人々」を想起させずにはいられない。展覧会のハイライトは、ベラスケスを著名にした王家の人々をはじめとする肖像画だ。長身のフェリペ4世、幼い王子、父親そっくりの王女たちからは、豪華な衣装に負けない気品が漂う。教皇インノケンティウス10世は、疑い深いまなざしで緊張した面持ちをしている。高位のモデルはほとんど、カメラ視線ならぬ画家視線でこちらを見ている。
しかし、最も印象に残ったのは、神話や聖書を題材にした謎の多い作品のほうだ。「美術史上最も美しいうなじ」とされる「鏡を見るヴィーナスVénus au miroir」は、鏡の中の顔とヴィーナスの顔の方向が一致していない。この頭の方向とこの鏡の角度では、顔の正面は写らないはずだ。鏡の中の女性は、きちんと髪をまとめたヴィーナスと違い、ほつれ髪で、横顔から想像するヴィーナスに比べてふくよかすぎる。ホウレイ線もあり、体から想像するヴィーナスより老けている。若さと老いを描こうとしたのだろうか?
もう一つの謎の作品は、「ジョゼフの上着La tunique de Joseph」。弟ジョゼフを売り飛ばした兄たちが、死んだと嘘をついて血のついた上着を父親に見せる、旧約聖書の場面である。父のヤコブは上着を見て驚愕するのだが、ヤコブの視線は上着よりずっと下、ほとんど床すれすれに届いている。ベラスケスの技巧なら、視線がきっちり上着に注がれるように描くのはわけもないはずだが、なぜ視線がずれているのか、この点も釈然としない。
対照的なのが「ウルカヌスの鍛冶場 La Forge de Vulcain」で、ヴィーナスの浮気を夫で鍛冶の神のウルカヌスに告げに来たアポロンに、一瞬にして鍛冶場の職人たちの視線が集まる。こちらは、さまざまな方向からの視線がアポロンに矢のように向けられるのを見事に描いている。(羽)
7月13日迄 9€/13€ Grand Palais : 3 Avenue du Général Eisenhower, 8e (entrée Square Jean Perrin) M°Champs-Élysées – Clémenceau
画像:Diego Velázquez Venus au miroir 1647-1651頃
油彩 122,5x177cm London, The National Gallery