『モンテ・クリスト伯』の主人公は「世界人」。「ナポリはマカロニ、ミラノではポレンタ、バァレンシヤではオーリャ・ボドリーダ、コンスタンチノープルではピラウ、インドではカリック、シナでは燕巣といったぐあいに、次から次と食べ歩いてきた旅人」(山内義雄訳)だった。
この物語の産みの親であるデュマ自身も、ヨーロッパ中を精力的に旅し、大いに食べた。縁のあったナポリには4年もの間暮らし、美術館のディレクターを務めたり、新聞を発行したりと活躍した。そんな中、滞在も終わりに近づいた1863年に「自称グルメのナポリ人に向けた料理についての手紙」という、食いしん坊ならではの手紙形式の記事を発表。チキンのロースト、マカロニ、野ウサギのローストについて熱く語っている。読書の心をがっちりつかむエピソードに彩られた手紙はどれも傑作だけれど、中でもおかしいのはマカロニについて。
小説の主人公には「ナポリはマカロニ」と言わせていたデュマは、この手紙の中ではナポリのマカロニに手厳しい。偉大な音楽家・グルメであるロッシーニにふるまわれたマカロニを、恐れ多くも「平凡」と一蹴(いっしゅう)。ロッシーニ宅を後にしたその足で書店に向かって料理本を購入すると、この本を参考に2、3回の試作を重ねて、オリジナルのレシピを発明してしまった。牛肉、ハム、トマト、玉ねぎ、ブーケガルニ、ニンニクを煮詰めてつくるソースとすりおろしたパルメザンチーズをたっぷり使ったマカロニは、確かにいかにもおいしそうだ。
デュマの料理に対する情熱があふれんばかりのこの手紙は、1869年からデュマが書きはじめた『大料理事典』へ向けた素描ともいえる。(さ)