● 『C’est eux les chiens』のイシャム・ラスリ監督インタビュー
テレビクルーが「アラブの春」に沸くカサブランカのけん噪をとらえる。そこへ偶然通り過ぎる初老の男。かつて民衆の反乱に参加し投獄され、ようやく出所したばかりのようだ。カメラはこの奇妙な男を追うことになる。モロッコ人イシャム・ラスリ監督による胸を揺さぶられるフェイク・ドキュメンタリーだ。
物語にモデルはいましたか?
特定のモデルはいませんが、物語の骨組みはトロワ戦争後、家族のもとに帰還するオデュッセイアの神話に影響を受けました。また映画の背景に「アラブの春」がありますが、物語の根幹は、1981年に実際にカサブランカで起きた「パンの暴動(物価の上昇に異を唱えた民衆が弾圧された事件)」に多くを負っています。警察は成人男性を証拠もないまま投獄、多くの人が行方不明にもなりました。映画で主人公が名前を言わないのは、この事件で消えてしまった人々の存在に重ねるためです。
デジタルカメラによる映像は生々しく揺れますが、決して醜くはないですね?
フェイク・ドキュメンタリーでありながら、いかに興味深く、醜くはない映像を生み出せるかは挑戦でした。カメラの揺れは、変動の最中にある社会や人々の怒りと呼応しています。また映画の中でカメラを手にする人が変わりますが、その度に写し方のクセも変えています。
モロッコで、実際に「アラブの春」に立ち会いましたか?
何が起きているかを近くで観察していました。カサブランカでは、欲求不満のはけ口として行動しているような人も多かったです。しかし変化はありました。かつて市民は政治に対して無気力で諦めムードでしたが、現在は投票で何かを変えられると信じる人が増えたのです。私の母でさえ政治に対して語り始めるようになりました。
モロッコ映画の製作数は90年代に年間5本、現在は20本に増えました。
製作数が増えても、質が伴っているかは疑問です。モロッコでは、「アラブの春」を扱うような作品は、周囲の協力を得ることが難しい。本作も製作の自由を求め、国の映画センターから支援は受けませんでした。でも監督としてはそんなことには負けず、テーマを自己検閲しないよう心がけています。次回作は、アラブ世界では今も犯罪と見なされる「同性愛」を扱った作品を発表予定です。(瑞)