執筆中のデュマは、ポトフを好んで食した。19世紀フランスの流行作家が、この料理をどのように調理し、どんな気持ちで食していたかを知りたければ、デュマ自身が残した記事にあたるのが一番。1853年に創刊された新聞Le Mousquetaire(銃士)の〈おしゃべり〉欄には、「ポトフ」というコラムが寄せられている。
そこには、料理研究家としてのデュマの顔が色濃くのぞく。彼によると、「フランス料理が他の国の料理に対して優位に立っているのはフランスのブイヨンの優秀さによるにほかならない」のであり、鶏肉を使ったウィーンのブイヨンなどは言語道断とばかりに切り捨て、「よきポトフの基礎となるもの、それは牛肉なのである」と断言。そして、牛肉に含まれるゼラチン質やたんぱく質、うまみをすべて引き出すためには、ごく弱火で徐々に土鍋を温めていくことだと力説している。この料理にかけるデュマの情熱は人並みではないけれど、調理時間も驚くべき長さ。「ブイヨンに絶対必要な性質をすべて獲得させようと思えば、間断なくゆっくりと7時間沸騰させておくことである。我らが門番のかみさんたちは、この時間をものの見事に説明する表現を使っているのである。〈ポトフを微笑ませておきましょう〉」(辻静雄、坂東三郎、村田遼右 訳)。
ポトフについてもっと知りたくなったら、『デュマの大料理事典』の「ポタージュ」の項目を探すといい。これを読めば、食いしん坊はもちろん、体を温めたい病人や、健康・美容マニア、ダイエット中の人、子供も大人も、皆がポトフ愛好家になってしまう。もちろん、そこは小説家。この項目には、具体的なレシピや効能の他に、フランスやヨーロッパの歴史、先達のブリア=サヴァランの述べたブイヨン談義なども盛り込まれ、読む者を飽きさせない。(さ)