ゾラの『パリの胃袋』には、中央市場で活躍する女たちが何人も登場する。その中で、きっとゾラが一番楽しく書いたのではと思わせるのが、果物売りのラ・サリエット。まだ子供のような若々しい彼女を、ゾラはまるでひとつの新鮮な果物をスケッチするように描いている。「軽くカールした髪がブドウの枝のように額に落ち、むきだしの腕や、むきだしの首や、そのほかバラ色の肌を見せているすべての部分には、モモかサクランボのようなみずみずしさが感じられた。」(朝比奈弘治訳)
この先は、店の中に積み重なるメロン、モモ、アプリコット、リンゴ、ナシ、イチゴ、キイチゴ、グロゼイユ、カシス、サクランボやプラムなどの果物についての描写が続いていくが、やはりここでも、果物と女性のイメージは密接に重なっている。例えば、いくつかの種類のモモの皮は「北国の娘のように繊細で明るい肌」や「プロヴァンスの娘のように黄色く日焼けした肌」を思い出させるし、サクランボも種類によって「中国女のひどく小さな唇」や「接吻にやつれて黒ずんだ普通の女の唇」など、様々な種類の唇にたとえられている。
センシュアルな描写はどんどんエスカレートしていく。真夏、傷んだ果実からたちのぼる匂いは、生命力にあふれたラ・サリエットの魅力をあやしく際立たせ、男たちの欲情をそそっている。
ポートレートではいかにも真面目そうな顔をして写っているゾラだけれど、この果物女の描写を読むと、そのセンシュアルで情熱的な一面が浮かび上がってくるよう。後年、誰よりも愛する妻アレクサンドリーヌがいるにもかかわらず、ゾラは使用人の若い女性に恋に落ちることになる。そして、このふたりの女性を生涯にわたって愛し続け、守り続けた。(さ)