
タイトルの「L’INCONNU(無名の人)」は実在の建築家を指す。パリ副都心に建つグランダルシュ(新凱旋門)の設計者だが、現在、彼の名を知る人はほとんどいない。本作はこの不当に無名な人物の物語。
1982年、フランスは国家的な再開発プロジェクトに着手した。ルーヴルから凱旋門を通った先にあるラ・デファンス地区の新モニュメント建立のため、匿名コンペを実施。この時採択されたのが、無名のデンマーク人ヨハン・オットー・フォン・スプレッケルセンの案だった。
時のミッテラン大統領は計画に積極的に関与。だが、フランスに招かれた理想主義的な芸術家は、すぐに現実的な問題にぶつかる。政治闘争の煽りも受け、計画の調整も余儀なくされる。
監督は犯罪ドラマの前作『Borgo』が注目された気鋭ステファヌ・ドゥムスティエ。文化省で建築分野を担当した職歴もあり、建築は得意分野だ。

スプレッケルセン役は『ザ・スクエア 思いやりの聖域』の出演が印象深いクレス・バング。彼は北欧人らしく高身長だが、周りを神経質な官僚(グザヴィエ・ドランのハマり役。上の写真)をはじめ、比較的小柄な男性が固めた。主人公の孤独や周囲との感覚のズレが視覚的に伝わるようだ。
原作は史実に基づく小説 「La Grande Arche」(ロランス・コセ著)で、80年代フランスの裏話をのぞくような面白さも。象徴的な公共の建造物は、芸術であると同時に政治的な道具。それゆえ手がける人間は、芸術の才はもちろん政治力が試される。特に、おフランスでは……。そのせめぎ合いの中で翻弄される外国人建築家の人物像は興味深い。どこか現代を舞台にした芸術の殉教者のように見えてくるのだ。(瑞)
