
『遠い山なみの光』で初カンヌの石川慶監督
今年のカンヌは、例年以上に日本映画が百花繚乱!コンペ部門の『ルノワール』(早川千絵監督)を筆頭に、「ある視点」部門に『遠い山なみの光』(石川慶監督)。「カンヌ・プレミア」部門に『恋愛裁判』(深田晃司監督)、「ミッドナイト・スクリーニング」に『8番出口』(川村元気監督)、「ラ・シネフ」部門に『ジンジャー・ボーイ』(田中未来監督)、監督週間に『国宝』(李相日監督)と『見はらし世代』(団塚唯我監督)が選ばれた。さらに旧作はクラシック部門の『浮雲』(成瀬巳喜男監督)、『ヤンヤン 夏の想い出』(台湾・日本の合作のエドワード・ヤン監督)と、浜辺の野外上映でアニメ『天使のたまご』(押井守監督)も。
この中で日本映画として公式上映のトップバッターを飾ったのが、ノーベル文学賞受賞作家のカズオ・イシグロさん原作、広瀬すずさんが主演の話題作。前作『ある男』が日本の映画賞を席巻し、フランスでも好評を博した俊英・石川慶監督の新作である。監督はカンヌ映画祭は初参加だ。
「ある視点」部門のメイン会場であるドビュッシー劇場には、カンヌ映画祭総代表のティエリー・フレモーさんが、『遠い山なみの光』チームを壇上でお迎え。石川慶監督、カズオ・イシグロさんに加え、広瀬すずさん、吉田羊さん、カミラ・アイコさん、松下洸平さん、三浦友和さんという豪華な俳優陣が並んだ。皆さん美しく着飾り輝いていたが、個人的には、白い着物に赤い手袋という吉田さんの紅白の粋でおめでたい着こなしが目を引いた。

石川監督は「ボンジュール、こんにちは!」と挨拶。「今日はこの映画をずっと支えていただいたカズオ・イシグロさん、映画で闘ってくれたスタッフ・キャスト、会場に駆けつけた皆さんと特別な瞬間を共有できることを嬉しく思います」と続けた。
フレモー総代表に突然マイクを向けられたカズオ・イシグロさんは、「(自分が喋るのは)脚本にはなかったです」と答え会場を和ませた後、「私が25歳の時に書いたとても悪い本。長い映画史の中では、悪い原作が素晴らしい映画になることもある」と語り、石川監督の映画に花を持たせた。実は気さくでユーモアもある文豪の素顔が垣間見られた瞬間である。
実はイシグロさんは今回が初めてのカンヌではない。今を遡ること約30年前の1994年、映画化もされた『日の名残り』で、すでに世界的な作家となっていた若きイシグロさんは、クリント・イーストウッドが審査員長の時に審査員として参加していたのだ。その時のパルムドールは『パルプ・フィクション』。今年は開会式でタランティーノ監督の姿もあったが、久々に再会ということはあったのだろうか。
『遠い山なみの光』は1950年代の長崎と、1980年代のロンドンが舞台のヒューマンドラマ。日本人の母、イギリス人の父を持つミックスルーツの女性が原爆を経験し、のちにイギリスに渡った母親の記憶や夢と出会ってゆく物語。決してわかりやすい構成の作品ではないが、公式上映後は、温かな拍手が会場いっぱいに広がっていた。
上映後に記者の前に現れた石川監督は、「(公式上映が)終わった後、皆さんの顔を見たら泣きそうになりました。(カンヌ入りしている)是枝監督は『カンヌはすごく怖いところ』と言われてますけど、すごく温かく映画を迎えてくれて……。ちょっとこれで肩の荷が下りたので、これからもうちょっと楽しみたいと思います」と笑った。フランスでの劇場公開も大いに期待したい。(瑞)

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