日本から来た人に、フランスで何がしたいかと尋ねると、パリからマルセイユへTGVで行きたいと言われた。特に鉄道が趣味というわけではない人だが、マルセイユへの車中では窓からの眺めをノートしたり、途中通過するアヴィニョンで「アヴィニョンの橋」の歌を口ずさんだりと、電車で遠足に行く浮かれた子どものようだった。鉄道の旅はそんな、胸をおどらせる何かがある。
フランスの鉄道といえば、かつて新幹線と速度を競い合っていたTGV、彫刻の装飾が立派なターミナル駅のほか、各地にある情緒ある駅舎が数多くある。廃線になった路線を有志が復活させたり、初代TGVの引退セレモニーが開かれるなど、一般の人でも楽しめる鉄道文化が花開いているかに見える。
今月の巻頭特集では、フランス在住の 〈鉄ちゃん〉にご登場いただいて、事情通の目から見た すばらしい鉄道を教えてもらった。乗って楽しく、写真を撮るにもおすすめの鉄道、フランス鉄道史のなかの大切な出来事や、フランスの鉄ちゃんについてなど、知りたくてもなかなか知ることのできない貴重な情報も掲載。静かな、熱い、パッションの世界の旅へ。(六)
※写真は「POLT」線のスイヤック北にある1888年完成のル・ブレ(Le Boulet)のアーチ橋。「ゲンコツ型」と呼ばれるフランス国鉄を象徴するBB7200形電気機関車もまだ健在で14両のコライユ客車を牽引。
ひと昔まえの旅を楽しもう!
鉄ちゃんの世界も「撮り鉄」、「乗り鉄」、音の「録り鉄」に「飲み鉄」?、それに「模型家」、切符など紙ものの収集家など多様なジャンルがあり、プロ級写真家から、楽しければいい趣味的な「ゆる鉄」までいろいろです。ぼく自身は、各地を走る列車に乗ったり撮ったり、またその沿線の駅で降りて名もない村を訪ねたりするのが好きです。そんな中から今回は、特に沿線の風景に魅せられ、何度も訪問している路線を多くの方に知ってもらいたく紹介したいと思います。
文・写真すべて:羽根田憲
乗るなら今のうち! 機関車が牽引するPOLTの客車特急
パリ~オルレアン~リモージュ~トゥールーズを結ぶ713kmの在来幹線は都市の頭文字をとってPOLTと呼ばれています。POLTには、TGVの走行区間が限られていた1980~90年代に主役であった機関車が牽くエアコン装備のコライユ客車による都市間特急(アンテルシテ)が今も現役で活躍しています。
パリ・オステルリッツ駅へ行くと、到着した列車の機関車が離されて、進行方向に別の機関車が連結され、出発準備が進むのが見られるのでワクワクしてきますね。しかしあと2年程度で新型電車への置き換えが計画されており、乗るなら今のうち。
パリ・オステルリッツを出発して30分もすればフランス最大の穀倉地帯のボース平野を時速200kmでぶっ飛ばし、オルレアン~ヴィエルゾン間はソローニュの松林を通り抜け、シャトルーを過ぎる辺りからフランス中央部から南仏にかけてデンと居座る中央山塊(Massif Central)が始まり、勾配区間をカーブしながら進み、その後、モントバン手前まで車窓からは山と渓谷の風景が堪能できます。パリからトゥールーズ行きは毎日3往復(土曜は2往復)ですが、途中のブリーヴ行き5往復やカオール行き2往復も運転されています。
ひとつ残念なことは、かつてのように食堂車やビュッフェは連結しておらず、車内販売もあまりあてにならないので、食事や飲料は準備して乗り込むことが必要。
*機関車が牽引する列車は、POLT以外にパリ・ベルシー~クレルモン・フェラン間とボルドー~マルセイユ間の都市間特急のほか、パリやリヨン、マルセイユのローカル列車でもまだ見ることができる。
★★★
フランスの鉄道の歴史
フランスの鉄道は1827年、リヨン地方サンテチエンヌで貨物輸送を目的に始まった。旅客輸送は1837年のサンジェルマン=アン=レイからパリ・サンラザールを結ぶ路線が最初。現在この路線のパリ側はナンテールからRER-Aとして地下化されている。
「6大私鉄時代」からSNCFへ
フランス各地でばらばらに建設された鉄道は、1842年の「フランス幹線鉄道建設法」により、1860年までに「6大私鉄」に集約された。パリの北駅は〈北部鉄道 Nord〉、東駅は〈東部鉄道 Est〉、リヨン駅は〈パリ=リヨン=地中海鉄道 P.L.M〉、オステルリッツ駅は〈パリ=オルレアン鉄道 P.O.〉、モンパルナス駅とサンラザール駅は〈西部鉄道 Ouest〉の拠点ターミナルである。残る一つは、ボルドーを拠点とし、大西洋岸から地中海の西半分(セート駅まで)をカバーした〈ミディ鉄道 Midi〉(後にP.O.が吸収)が幹線を中心に同地域の鉄道網を経営。この形態は1938年にフランス国鉄 (SNCF)に集約国営化されるまで続くことになる(なお、経営基盤が弱かった西部鉄道は1909年に国に買収され、以降〈Etat〉と称した。)
オルセー駅とアンヴァリッド駅
なお、現オルセー美術館はP.Oが1900年の万博に合わせてオステルリッツ駅から延長開業させた駅だが、構内が狭隘(きょうあい)なため地方を結ぶ幹線列車は1939年に再びオステルリッツ発着へ変更。オルセー駅の西約1kmのアンヴァリッド駅も西部鉄道が1900年に開業したが幹線列車は1935年にモンパルナス駅へ移動。旧駅舎は1946年から2020年までエールフランスのシティーターミナルとして使われてきたが、現在は博物館への改修で閉鎖中である。1979年にこの2駅間を繋ぐ新線が建設され現RER-C線となった。
「SNCFと上下分離」
EU(欧州連合)は複数の鉄道事業者(列車運行会社)が各国の鉄道網を利用できる自由化を進めるため、1997年のEUの規定により、SNCFも列車運行会社(上)と線路や信号などの保守建設などのインフラ会社(下)を分離。その後の変遷があるものの、基本的にはEU諸国は一国一社のインフラ会社(多くは国鉄か旧国鉄)の上を各国の運行会社が列車を走らせる方式に変わった。イル・ド・フランスの郊外電車やメトロ、トラムも車両の購入や運賃設定などはイル・ド・フランス・モビリテが予算を執行してSNCFやRATPに運行委託する形態である。各地方圏のローカル列車TERも同じ形態でSNCFに委託。今後は入札が予定されている。
★★★
中央山塊を越える2本の長大ローカル線。
パリから在来特急で約3時間半のクレルモン=フェラン。ここから、ヨーロッパ鉄道時刻表でも素晴らしい景観としてリストアップされている南仏のニーム、ベジエを結ぶ2本の長大ローカル線が続いています。
セヴノール線 Ligne du Cévenol
ニームまでの全長303kmは中央山塊の南東セヴェンヌ(Cévennes)国立公園を通過するため「セヴノール線*」という愛称で親しまれています。なかでもランジャック~ランゴーニュ間の67kmは、全線を約5時間かけて走る1日3往復のローカル列車しか走らない区間で、台地に掘り込まれたような深遠なアリエ渓谷に沿っており、乗っても良し、撮っても良しの景観が連続。
その中心にあるのがシャポルー(Chapeauroux)という寒村の小駅。しかし、ここはサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路と交差し、サイクリングやハイキングなどアウトドアを楽しむ人にはちょっと知られた場所。駅周辺にも列車撮影に適した場所が多くあり、ぼくもお気に入りのスポットです。ただ、4月から10月まで開設のキャンプ場を除いて、駅から歩いて行ける宿泊施設がなく、日帰りなら始発で着いて最終で移動しないといけません。
アリエ渓谷以外でもヴィルホールやシャンボリゴーのカーブしたアーチ橋は一見の価値があり、車窓の好きな方なら乗り通しても飽きることがありません。
*「セヴノール線」の名称は、かつてパリからこのルートでニームを経由してマルセイユまで行っていた急行「Le Cévenol」に由来。
**クレルモン・フェランを出発したこの2本のローカル線が実際に分かれるのは61km先のアルヴァン(Arvant)という小さな駅。
オブラック線 Ligne d’Aubrac
クレルモン・フェランからベジエへ伸びる394㎞の路線は、食肉牛で有名なオブラック地方を通るため愛称も「オブラック線」。この路線にもかつてはパリとベジエを結ぶ急行「Aubrac」が走っていました。
セヴノール線と異なり、オブラック地方は1000m級の高原台地を走ります。この路線で最も有名なのはギュスターヴ・エッフェルの会社が請け負い「エッフェル塔」建設の基礎となったガラビ鉄橋(Viaduc de Garabit)。しかし問題は、この鉄橋のあるサン・フルールとサン・シェリー・ダプシェの間は、クレルモン=フェランとベジエを直通する1日1本の電車しかなく(実際は途中のヌサルグ乗り換え連絡)、しかも保線工事で部分運休が多く、全線完乗を目指す人には多くの困難が立ちはだかる乗り鉄難所として有名。チャレンジ精神が湧いてきますね。
また、オブラック線は不幸にもほぼ全線にわたり高速A75が平行しており、長年にわたり国鉄と地元自治体で廃止論議が続いていて将来が約束されていません。そのA75号のパーキングエリアから素晴らしい鉄橋の姿が見えるのはなんとも皮肉なこと。その後も、高原台地から谷底までカーブと勾配が連続し、沿線の村々が現れたり中央山塊の山々が見えたり、ベジエに着くまで全線で車窓を楽しむことができます。
今回、フランス乗り鉄・撮り鉄についてご指南くださった、羽根田 憲さんコメント。
「いつから鉄道が好きなのですか?」と時折尋ねられますが、子どもの頃、電車で行楽に行ったり走っている電車に手を振ったりした、それがそのまんま続いているという感じです。フランスで暮らし始めた1990年から25年間ほどは仕事などに時間が取られ休眠状態でしたが、自営業になってからは時間的余裕ができ、SNSのコミュニティーにも入り込んで再燃。この趣味を一生続けていれば人生に悔いが残らない、と確信を持つようになりました。
羽根田さんに教えてもらった、
フランス乗り鉄・撮り鉄・便利情報。
⚫︎ 鉄道の書籍や雑誌なら
サンラザール駅近くの “La Vie du Rail”
29 rue de Clichy 9e
火-金 14h-18h
www.boutiquedelaviedurail.com/
⚫︎ 月間雑誌 「RAIL PASSION」
“La Vie du Rail”発行。最新トピックスや車両・路線の特集など。
⚫︎ European Time Table(元「トーマス・クック」の時刻表)
印刷版は年4回、デジタル版は毎月発行。
www.europeanrailtimetable.eu/
⚫︎ 各地域の路線時刻表
“TER”とOccitanieのように各地域圏の名称を入力、“Rechercher une fiche horaire”をクリックして路線を選択。時刻表及び現在と直近の工事予定などの案内がPDFで表示。例えばセヴノール線ならNîmes-Alès-Clermond-Ferrandをクリック。
◉ ネット地図
・グーグルマップ : www.google.com/maps
・IGN Géoportail (オープンデータ) :www.geoportail.gouv.fr/carte
◉ (印刷)地図
・ミシュラン県別地図 (20万分の一)€6.50
・IGN (フランス国土地理山林情報院)地図:
TOP100 (10万分の一)€8.40
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◉ 地図を買うなら:
Au Vieux Campeur :
2 rue de Latran 5e、FNACなど。
TOP25はIGN通販でないと難しい。
https://boutique.ign.fr/
◉シートマップ (座席表)
欧州、とりわけフランスでは座席のこだわりがなく、進行方向も事前に確かめられないことが多いのが難点ですが、このリンクでは各社が発表しているリンクを取りまとめ。フランスは一部TGVのみで在来線は窓側か通路側かの情報程度。OuigoやEurostarなどは予約時にかなり正確に選べます。
https://help.raileurope.com/article/41279-seat-map
【特集】フランスで乗り鉄、撮り鉄をたのしもう。〈その2〉は、羽根田さんの作品を見ながら、撮り鉄について教えてもらいます。近日掲載、乞うご期待。