先のカンヌ映画祭で、女性監督として史上2番目の若さ(40歳)で審査委員長の大役を果たした『バービー』のグレタ・ガーウィグ監督。彼女がパルムドールに推したのは、アメリカの気鋭ショーン・ベイカーの『Anora』。いかにも最高賞を受賞しそうな映画祭向け作品ではなく、おなじみの巨匠の映画でもない。若い女性監督がまっさらな感性で選び抜いた、軽やかな最高賞だった。
ブルックリンに住むストリッパーのアノーラは、露オリガルヒの息子ザハロフと出会う。すぐに気に入られ、一週間の独占契約へ。そのまま勢いで結婚式もあげた。ところが、それを知った息子の親は、全力で結婚の阻止に動き出す。すぐに玉の輿婚は暗転し、主人公の元に怪しい手先が送り込まれる。アノーラの徹底した応戦ぶりが爽快だ。悲劇的な状況なのだが、コーエン兄弟風のコメディが展開し、思わず笑いを誘われる。
トランスジェンダーの娼婦、貧困層の母娘、元ポルノ・スター……。これまでもベイカーは社会的に周縁化された人々に光を当ててきた。今回は新進俳優マイキー・マディソンが、ジェット・コースター的運命にしがみつくアノーラに、燃えたぎる血を通わせる。ベイカー映画の魅力は、生き生きとした人物造形が大きいだろう。
まるで『プリティ・ウーマン』(1990)への30年後の返答のような映画。2020年代の現在、格差恋愛のロマンティック・コメディはいかに成立するのか、あるいは、しないのか。その顛末をしかと見届けてほしい。(瑞)