フランス北部パ・ド・カレー県アラスで10月13日、高校の教師が学校敷地内で刃物で刺されて死亡し、教師や監視員ら3人が負傷した。犯人はロシア国籍の同校卒業生(20)で、通報10分後にテロ容疑で逮捕された。
殺されたのは男性仏語教師(57)で、メディアの報道によると、生徒らの声に耳を傾ける熱心な教師だったという。報道された動画でも、同教師が犯人を必死に説得しようとしている様子がうかがわれる。体育教師と職員ら3人も犯人を押しとどめようとして刺され、うち2人が重傷を負った。ちょうど3年前にはイスラム教預言者ムハンマドの風刺画を授業に使った地理歴史教師がパリ郊外でイスラム過激思想のチェチェン人に殺害されており、教育界は大きなショックを受けている。
犯人のモハメッド・モグシュコフ容疑者は2003年ロシア連邦イングーシ共和国(北カフカース地方)生まれで、08年に家族とともにフランスに移民した。父親は難民申請を却下されて2018年にロシアに送還されたが、子の年齢のために母親と兄弟は送還を免れた。兄(22)は2019年にイスラム過激派武装組織「イスラム国(IS)」のシンパとしてジハード思想をネット上で伝播したうえ警官殺害を計画したとして逮捕され、今春に禁固5年の判決を受けて収監中。モハメッド容疑者自身も過激思想を持っているとして高校から通報されたことがあり、国家安全保障上の要注意人物としてリストアップされ、盗聴の対象になっていた。事件の前日にも職務質問を受けていたが身柄拘束には至らなかった。事件翌日、母親、兄弟姉妹、叔父らの家族とベラルーシ国籍の友人ら計10人がテロ共犯容疑で逮捕された。
この事件を受けて、仏政府は14日、テロ警戒レベルを最高段階に引き上げ、全国に7000人の兵士を配備する意向を示した。また、アタル教育相は同日、約1000人の学校警備職員を全国の学校に配置するとした。
背景にあるイスラエル・パレスチナ間の戦争
こうしたイスラム過激派テロの警戒が高まっている背景には、中東でイスラム過激派組織ハマスとイスラエル間の紛争がある。7日のハマスのイスラエル襲撃によりフランス人20人が死亡、12人が行方不明(17日時点)になったことを受け、マクロン大統領と政府はイスラエルへの連帯をすぐに表明。チャーター便でフランス人約700人をイスラエルから帰国させた。
イスラエルがガザ地区の水道・ガス・電気停止と封鎖、北部の攻撃を表明した後、ダルマナン内相は治安を乱す恐れがあるとしてパレスチナ支援デモを禁止し、違反した外国人は強制送還させるという強硬な姿勢を明らかにした。マクロン大統領は15日に国連とともにガザの人道活動を支援すると発言したものの、仏政府がまずはイスラエル寄りの姿勢をとった印象はぬぐえず、こうした状況もイスラム過激派テロのリスクを高めている可能性がある。
アラスでは15日、殺された教師の追悼する集まりに約5000人もの人が集まった。「生徒を守ろうとして亡くなった」という参列者の声が報じられたが、このような狂信的なテロには怒りと深い悲しみを覚えざるを得ない。(し)