イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の家族が収容されているシリアのキャンプからフランス人の女性と子ども計51人が7月5日、パリに到着した。政府は、「ケースバイケース」で少人数ずつ帰還させる従来の方針から、まとまった数の帰還に踏み切るのだろうかと仏紙は問いかけている。
今回帰国したのは、シリア北東部のアルホル、ラジュなどのキャンプに収容されていたフランス人女性16人と子ども35人で、女性8人と17歳の未成年1人は直ちに身柄を拘束されて事情聴取を受け、ISのプロパガンダ動画に頻繁に出ていたエミリー・ケーニ(37)ら指名手配されている8人は勾留された。その他の未成年はイヴリーヌ県児童福祉課に引き取られ、健康診断や心理カウンセリングの後に里親に託されることになる。
フランスは2016年から21年1月までに、孤児または親が親権を放棄した子ども計126人を少人数ずつ帰国させており、それ以外の子どもや女性はケースバイケースで審査するという方針をとってきた。ISに加わった闘士とその家族の人数は欧州諸国のなかでフランスが最多で、シリア北東部のキャンプにはまだ約64人の仏人女性と165人の未成年が残っている。自国民IS闘士の帰還を拒否することでは欧州諸国は一致しているが、ベルギーはこれまでに女性12人、子ども26人、ドイツは女性12人、子ども37人、スウェーデンもほぼ全員に当たる女性8人と18人の子どもを帰国させるなど、少しずつ帰還の動きが活発になってきている。ところが、仏政府は母親も現地で裁かれるべきと主張して孤児しか帰国させてこなかった。
この問題は数年前から議論されており、子どもの祖父母からの帰国要望が報道されたり、在仏家族やキャンプ内女性の弁護士らが議員やパリ弁護士会の現地視察を実施したりする動きもあった。19年3月に政府は帰還計画の実行を発表したが、世論調査で89%が帰還は「不安」と答え、子どもの帰還にも6割以上が反対するという結果に配慮したのか、土壇場で取り止めた。子どもを直ちに帰国させよという110人の文化人、医師、司法官などが署名した投稿が21年6月にル・モンド紙に掲載された際にも議論が起きた。
以前からアムネスティー・インターナショナルなど国際的な人権擁護団体が帰還を呼びかけているほか、今年に入って国連こどもの権利委員会やユニセフが、仏政府が子どもの権利を侵害しているとして、シリアに収容されている仏人未成年を帰還させるよう要請。国内の人権諮問委員会や人権擁護官も子ども全員の帰国を政府に求めている。さらには、パリ同時多発テロ裁判中の今年5月、被害者団体の一つ「13onze15」が「子どもは深いトラウマを抱えている。2020~21年に帰国させるべきだった」と、女性と子ども全員の帰還に賛意を示した。
収容キャンプは衛生状態が悪く、医療サービスに乏しく、殺人やISの襲撃も度々あり、ISによる闘士集めの温床にもなっているという。シリア北東部のキャンプを管理するシリア民主軍(クルド兵士が主)は欧州諸国に自国民を帰国させるよう以前から訴えているが、欧州諸国は当初、現地での裁判または中立な国際法廷の設置を要求。だが、不安定な治安のなかでの裁判実施は難しく、国際法廷の計画も進んでいない。
フランスは自国民の人権を擁護する義務がある。自国の安全保障のために女性や子供の帰国を拒むのではなく、キャンプで反仏感情を募らせる将来の危険分子に育てるよりも自国の法できちんと管理したほうが得策ではないだろうか。ましてや子どもには何の罪もない。世論を恐れて危険な状況にある子どもを救わないのは《人権の国》がとるべき態度ではないだろう。(し)