今回の取材のために富永典子さんに指定していただいた待ち合わせ場所は、パリの中心地レ・アール地区に優雅にたたずむブルス・ド・コメルス=ピノーコレクション前。2021年に美術館として蘇ったこの円形の建造物こそ、かつてパリーイル・ド・フランス地方商工会議所(CCI Paris Ile-de-France)の国際局があった場所。2004年、彼女のパリでのキャリアはここで始まったのだ。思い出の地がよく見える近くのカフェのテラスでお話を聞いた。
歴史ある商工会議所
富永さんがデレゲ・ジェネラルを務める日仏経済交流委員会 (CEFJ) は、同商工会議所が創設した機関だ。日本とは異なり、フランス各地にある商工会議所は、各々の地域の事業者に加入義務が課された公施設法人。その歴史も古い。世界最初の商工会議所は、1599年フランス最古にして最大の港湾を持つマルセイユに誕生。パリの商工会議所は、1803年、当時統領であったナポレオンによって作られたもの。彼女の元には日本から「東京の商工会議所の記念式典に、マルセイユ商工会議所から長寿をあやかったメッセージをいただきたい」「渋沢栄一氏の足跡がパリ商工会議所に残っていないか」等の依頼や問い合わせが寄せられることもある。
日仏企業のビジネス交流を促進するCEFJ
2004年、富永さんはこの由緒ある組織の国際局に、ただ一人の日本人職員として就職。母体機関からは半独立の会員制組織CEFJは、日仏ビジネスに特化したサービスとその豊富なネットワークを提供している。企業の加入は任意。主な活動は、定例交流会や経済トレンド・インターカルチャー(多文化共生)の話題を主題としたセミナー・講演会などの開催を通して会員企業のビジネスをバックアップしていくこと。いわば日仏企業のビジネスクラブ的な存在だ。150の会員企業のうち、日・仏の割合は半々。日仏英、3か国語が飛び交う組織で舵を取る富永さんは、東京生まれ。幼少期から多様な文化に関心を持ち、ドイツの絵本に惹かれてドイツ語を学ぶも、大学時代は仏文学を専攻。卒業後は「文学よりも歴史が好きで、歴史書を読むために」古城が点在するフランスのロワール地方アンジェに留学、観光学部に在籍した。帰国してまもなく採用された在日フランス大使館を経て駐日欧州連合に勤務。そして、フランス人パートナーの転勤に伴いパリに移り住む前の3年間を日産元CEOの秘書課長として過ごした。言語や文化の異なる多数の企業が集まる「クラブ」を切り盛りするには納得のキャリアだが、実際にお目にかかった富永さんは気さくでナチュラルな女性だという印象を受ける。「大企業からスタートアップまで様々な業界の方々との交流なので、フレキシブルである自分の性格は邪魔にはなっていないと思います。とにかく理事メンバーをはじめとする会員さんたちに助けてもらっていますね。そして、我々の活動は対企業というよりも、企業人の一人一人の顔が見えるヒューマンセントリックな交流の積み重ねです」。そんな彼女が師と仰ぐのは、日産時代に出会った元ルノー会長ルイ・シュバイツァー氏。2008年にCEFJの「名ばかりではない」特別顧問に就任している。「定期的に仕事の報告や相談をするのですが、不安になっている時に『そんなの考えすぎだよ!』って言われると、その一言で安心するんです(笑)」。彼女が「フランス人の頭の中をもっと知りたい」とパリの経営大学院HECで、フランス人学生に囲まれてEMBAを取得する約2年間も同氏に勇気づけられた。「後日『フランス人の頭の中』についての疑問は、『私らだってわからないよ』というクラスメートの言葉で一掃されました!」
コロナ禍とポストコロナ
これまでの新型コロナウィルスの感染拡大防止による、日仏ビジネスへの影響が気になる。日本政府の厳しい水際対策によって、多くの外国企業の関心が日本から中国や韓国に流れたという声もあるが、「一時的にそういうこともあったかもしれません。でもそれぞれの国の魅力は異なりますから、日本にしかないものはこれからも変わらず求められると思います」というのが富永さんの見解だ。では今後日本のどんな分野の産業に期待できるだろうか。「食や観光はもちろん、仏語でいうsavoir-vivre、健康産業・ウェルビーイング、人々の生に直接関わるものはすべてといっても過言ではないと思います」。「日本人らしさ」を作っている日本に昔からある健康的な暮らしの知恵や術、考え方に関心が集まっているということだ。「最近企画したインターカルチャーを扱う『マスタークラス』というセミナーでの『ジャポニチュード』は驚くほどの反響を得ました。『日本人の魅力』といわれるものが礼儀正しさや規律正しさにとどまらないことを、日本人自身もしっかり把握していた方が良いと感じています」という富永さんは、一方でイノベーション交流が更に進むことも確信している。「フランス発、日本発、それぞれ独自の技術開発を進めるスタートアップらが双方向でもっと受け入れられるとよいですね。ディープテックだけでなく、人間同士の触れ合いを広げる仕組みを構築するスタートアップなど、ソフト面でも若い人々の頭にはいつも感銘を受けます。パートナー組織や会員企業と協力して発展させていきたいですね」。最近は、ポジティブ・インパクトにつながる社会について会員たちと思考中だ。こうした情報をシェアしあえることが次のイベント企画や企業同士のマッチングに繋がる。そしてそこには新たな事業展開が期待できるからこそ、CEFJは会員同士の更なる交流推進に注力しているのだ。
定例イベント、そして25周年
CEFJの会員企業向け交流会やセミナーの参加料はひとりあたり10~30ユーロ。非会員が参加できるものもある。また、グランゼコールや高等専門学校運営など人材育成に尽力するフランスの商工会議所の精神を受け継いで、CEFJの活動も頻繁に学生にも開放される。「特にインターカルチャーを若いうちから学ぶことは重要で、相手の言動の後ろにある文化背景を知っているといないとでは、当然、相手への理解度がかなり違ってきます」と富永さんは指摘する。起業予定の有無にかかわらず、オープンセミナーは多様な日仏企業の技術や、文化の違いによる考え方の違いをプロの言葉を通して学べる貴重な機会だ。
そして、富永さんが目下(5月時点)忙しく準備しているのがCEFJの25周年イベント。会場は、会の出発地点であるあのブルス・ド・コメルス=ピノーコレクション内だ。館内での日仏イベントの開催は、5年前にこの建物を後にした時からの富永さんの念願だった。5月31日、ミュージアムの中では、多くの日仏企業の代表たちが25年の思い出を振り返りながら、それぞれのビジネスの未来図を描いていることだろう。(り)
日仏経済交流委員会 (CEFJ) CCI de région Paris Ile-de-France
Adresse : 6/8 avenue de la Porte de Champerret , Paris , FranceTEL : 01 55 65 36 53
URL : https://cefj.org/ja/