『Le jeune acteur 1 若い俳優』
“ジェネレーション2010”(2010年代に頭角を表した世代)を代表する若手俳優ヴァンサン・ラコスト。先のセザール賞でも『Illusions perdues 幻滅(仮題)』で最優秀助演男優賞を獲得するなど、デビュー時から安定した活躍ぶりだ。生き馬の目を抜くショービズ界にあり、彼だけは陽気でノンシャラン、緊張感漂うセザール賞の壇上でもヘラヘラした受賞スピーチを披露していたが、愛されキャラの彼ならば全てが許される。
『Hypocrateヒポクラテスの子供達』『Amanda et moi アマンダと僕』『Chambre 212 今宵、212号室で』など秀作や話題作に出演。そんなラコストは14歳の時にリアド・サトゥフに見出された。サトゥフは人気バンド・デシネ作家で、近年は自伝的漫画『L’Arabe du futur 未来のアラブ人』シリーズが世界的な成功を収めている。
2009年にパリ17区の公立中学校に通う演技経験ゼロのラコストを主役に抜擢し、自らも演出経験がゼロの状態で映画『Les Beaux Gosses いかしたガキども 』を監督した。 “いかしてない”少年が主役のこの青春コメディは、カンヌ映画祭監督週間で上映され大好評、公開されるや観客動員数100万人を越す大ヒットに。サトゥフはセザール賞で新人作品賞も獲得した。
今回紹介するのは、サトゥフが間近で見てきたラコストのデビューの裏側から、その後の俳優人生を辿る漫画『Le jeune acteur 1 若い俳優』。第一巻では二人の出会いから『Les Beaux Gosses 』の成功直後までが語られる。全体は三部構成だ。サトゥフ視点とラコスト視点のパートに別れ、短めの一部と三部がサトゥフ視点で、一番長い二部のラコスト視点のパートをサンドイッチのように挟んでいる。監督と俳優の目から同じ出来事が別角度で語られるため、重層的な味わいもある。
サトゥフはトリュフォーの『大人は判ってくれない』に憧れ、初監督作には自分にとってのジャン=ピエール・レオーを探したという。しかし、初対面のラコストは締まりがない感じの少年で、「悪くはないが、輝いてもいない。でも(他の候補の少年より)一番マシ」という印象止まり。「彼は新しいジャン=ピエール・レオーではもちろんない。でも、自分だって新しいトリュフォーではないわけで」と、自らをたしなめつつ撮影を開始した。
その後、撮影を通じて二人は信頼関係を築く。『Les Beaux Gosses』の成功後、サトゥフは再びラコストを主役に迎え、世にも奇妙な異世界コメディ『Jacky au royaume des filles』を撮った。だが、今度は商業的に失敗、映画監督の復帰は困難に。
こうしてサトゥフは本来のホームグラウンドであるバンド・デシネに戻って、俳優として成長を続けるラコストをテーマに漫画に仕立てた。二人の友情の賜物と言える『Le Jeune Acteur』シリーズの誕生である。
紆余曲折を経て映画、そして漫画へと媒体を変えながらコラボを続ける「サトゥフ&ラコスト」組は、「トリュフォー&レオー」組とはまた違った独自のスタンスで、フランスのアートシーンを豊かに彩るユニークな漫画家&俳優コンビだ。ちなみに本作では本物のレオーも端役で登場するので、そちらもお楽しみに。
『Le jeune acteur 1 』は映画業界の裏側がストレートに描かれているのも興味深い。映画制作は組織化されたプロの世界であり、華やかで夢もあるが、その一方で、時にいい加減で常軌を逸した世界でもある。それが初めて映画の冒険に乗り出した俳優と監督の“新参者目線”で、嫌味なく明かされてゆくのだ。
サトゥフは事あるごとに、ラコストに「ドラッグはやるな」「スタッフに挨拶しろ」と注意を促している。映画監督は自作に出演した子役の将来に重い責任を感じるようだが、サトゥフも年の離れた兄貴のようなほどよい厳しさ、優しさで接しているのが微笑ましい。その愛ある教育効果もあったのだろう、現在もラコストはショービズ界のドロドロに足をすくわれることもなく、トップ俳優としてはかなり健全に成長しているように見える。『Les Beaux Gosses』での変な髪型のイケてない少年の姿を昨日のことのように覚えてるファンとしては、ついつい親戚気分で応援したくなるのだ。第二巻も楽しみだが、発売は2023年以降になりそうだとか。(瑞)
「Le jeune acteur Tome 1 Aventures de Vincent Lacoste au cinéma」リアド・サトゥフ作・画
Les livres du futur刊 21.50 euros
https://www.riadsattouf.com/collections/livres