ヴィダル高等教育相が2月16日の国会で「純粋な学術研究とイデオロギー喧伝のための研究を区別するため」、大学における研究全体の現状を調査すると発言し、物議をかもしている。同相は14日にTV番組に出演し「大学を毒する“イスラモ・ゴシスム(イスラム主義を擁護する左翼主義)”に関して国立科学研究所(CNRS)に調査を依頼する」と発言。これに対し左派議員が「(大学の)魔女狩りをするのか」と国会で質問し、同相は調査の意思を再認した。大学関係者は直ちに反発し、600人の研究者が同相の辞任を求める文書をルモンド紙に寄稿した。アタル政府報道官は、大統領は研究者の独立性を重視しており、政府の最優先課題はコロナ禍に苦しむ学生の救済、と沈静化に必死。調査を依頼されたCNRSは「科学の政治的利用」と非難しつつも、研究活動の評価というCNRSの役割の一環として調査参加を受託した。
これまで“イスラモ・ゴシスム”議論に関与しなかった同相の発言は唐突に見えるが、政権のつけた道筋はすでにあった。イスラム過激派による教師殺害事件後の昨年10月末、ブランケール教育相は「大学で猛威を振るう“イスラモ・ゴシスム”」を批判。人種、民族、ジェンダー、階級、セクシュアリティなど複数の差別の軸が相互作用するインターセクショナリティ研究が共同体主義を助長し共和国の原則を脅かしているとした。その後、ルモンド11月1日付で著名な学者・研究者が「100人のマニフェスト」を寄稿し、アメリカ先住民復権、人種主義、脱植民地化などの研究が、フランスと「白人」への憎悪をかきたてていると非難した。11月末には共和党の2議員が「大学のイデオロギー逸脱」についての国会調査委員会の設置を要求。マクロン大統領も昨年6月、社会問題を「民族化」することで大学は国を分断していると発言した経緯もあり、その考えは反イスラム分離主義法案に反映されている。
社会科学高等研究院(EHESS)のローズ=マリ・ラグラヴ教授は、政治は「(貧困、人種主義、性差別、不平等などの)民主主義の危機の責任を大学に押しつけ、社会科学をスケープゴートにしている」と言っている。本来なら研究結果は、学術界の自由な議論のもとにその客観性や妥当性が評価されるべきだろう。それを政治が行うのは研究の自由を侵害する以外の何物でもない。そうした考えが極右だけでなく右派、中道、そして当の学術界の一部にまで浸透していることは憂慮すべきだろう。(し)