『フランシス・ハ』で知られる俊英ノア・バームバック監督の長編8本目にして、アカデミー賞有力候補の話題作。Netflix作品のため、フランスでは興行者や製作者の利益を守る法律が足かせとなり劇場公開がない。だがネット上では気軽に見られるし、どうしても映画館で見たければ隣のベルギーに行くという裏技もある。筆者も冬休みにネトフリ作品(『マリッジ・ストーリー』『アイリッシュマン』『2人のローマ教皇』の3本)をブリュッセルで鑑賞した。時代は映画ファンにとって便利になったかのか否かよくわからぬが、それはひとまず横に置いておこう。
『マリッジ・ストーリー』は若い子持ちカップルの崩壊を描いたドラマ。 妻のニコール(スカーレット・ヨハンソン)は舞台女優で、夫のチャーリー(アダム・ドライバー)は妻が看板女優の劇団を率いる演出家。いつしか関係の歯車は軋(きし)み出し、弁護士を交えた離婚調停へと進む。原因は妻の不完全燃焼感。夫の世界観の中で生きていることに、ある時、気づいてしまったようなのだ。
NY育ちでユダヤ系移民の血を引き、人生の機微に通じた脚本家でもあるバームバックは、 “ポスト・ウディ・アレン”の呼び声が高い。だが、恋愛至上主義で男の言い訳が混じるアレンに対し、若い世代のバームバックの視点はよりニュートラル。まるで夫婦を合わせ鏡のように配置する。男女どちら側にも立ち過ぎずで、観客は双方とも応援したくなる。後半夫婦が向かい合い、思いのたけをぶつけるシーンは圧巻。些細な感情の綻(ほころ)びから修羅場に突入する。早くも映画史に刻まれる名シーンになったと言っても、過言ではない。
アレンやバームバックが敬愛するベルイマン風に言うなら「ある離婚の風景」。ままならぬ人生の裏側を容赦無く晒(さら)すが、そのくせベルイマンほど後味は苦くない。なぜなら激しい嵐の後にも、穏やかな愛情のかけらが残るから。その切なさといったら…。観察眼は鋭いが、その視線は温かく繊細な優男バームバックの演出には、見る方の心まで慰められる。(瑞)