ブレーズ・パスカル(1623-62)といえば、パスカルの定理、圧力単位「パスカル」や『パンセ』で日本でもよく知られたフランスの数学者、哲学者、物理学者、発明家。今年は生誕400周年にあたり、学術界では様々な講演会やイベントが年間を通じて開催されている。
とくに生地のクレルモン=フェランでは、フィールズ賞を受賞した著名な数学者で元国民議会議員のセドリック・ヴィラニ氏が「パスカル年」の後見人となり、講演会、パスカルの展覧会、家族向けの科学実験村のほか様々なイベントを市やクレルモン=オーヴェルニュ大学が中心となって12月末まで開催している。
パスカルは世界的に有名な人なのに、同市にもパリにも“パスカルの家”や“パスカル博物館”といったものはないし、パスカルが生涯の大半を過ごしたパリでは、一般向けのイベントは見当たらない。
そこで、パリ・ベルシー駅から3時間半電車に乗って、クレルモン=フェランを訪れた。生家は20世紀初めに壊されていて今はないが、その家が隣接していたノートルダム・ド・ラソンプシオン(聖母被昇天の大聖堂)を出発点に、パスカルが8歳まで過ごし、その後もたびたび帰ってきたクレルモンで、400年前の足跡をたどってみた。(し)
取材と文:児玉しおり
取材協力 : Clermont Auvergne Tourisme
Auvergne-Rhone-Alpes Tourisme
パスカルの精神的故郷、クレルモン。
ブレーズ・パスカルはクレルモン(モンフェランと統合してクレルモン=フェランになったのは1630年)で、1623年6月19日に裕福なブルジョア家庭に生まれた。
生家は大聖堂のすぐそばにあったが、広場拡張のために1930年に解体され、今では敷石に 「ここにパスカルの家があった」と刻まれているだけ。母親を早くに亡くしたブレーズと姉ジルベルト、妹ジャクリーヌは租税裁判官だった父エティエンヌから熱心な教育を受けた。ブレーズの早熟な才能を見抜いた父親は1631年にパリに引っ越し、デカルトら哲学者、物理学者、数学者が交流するサロンに息子を伴った。
父が税務官として赴任を命じられたため、1639年に一家はルーアンに移った。ブレーズは16歳で、円に内接する六角形の対辺の延長線の交点は一直線上にあるという「パスカルの定理」を含む『円錐曲線試論』を執筆。19歳で、父の税務の仕事の計算を助けるために機械式計算機「パスカリーヌ」を発明した。
この頃、同地の修道士との交流から一家はカトリックの一派、ジャンセニスム(特集-その5参照)に改宗。1648年に勃発したフロンドの乱のため一家はいったんパリに戻ったが、49年から翌年までクレルモンのジルベルトの夫フロラン・ペリエの家に翌年まで避難した。
1651年に父が亡くなった後、ジャクリーヌはパリ郊外のポール・ロワイヤル修道院に入り、ブレーズはパリの社交界でカード遊びなどに興じつつ確率論を創始し、科学者たちと盛んに交わった。
同年11月のある夜に啓示のようなものを受けたために、社交界から遠ざかり、ポール・ロワイヤル修道院に何度か短い滞在をし、ジャンセニスムに傾倒したといわれる。ジャンセニストの知人アントワーヌ・アルノーが弾圧されると、56年から18通の公開書簡を書いて擁護した。ジャクリーヌの死の翌年、62年8月19日、ジルベルトに看取られパリに没した。39歳だった。
ブレーズはパリで生涯の大半を過ごしたものの、フロンドの乱、父の死後、健康の悪化した時期に合計2年~2年半クレルモンに戻ってきている。52年以降に滞在したペリエの城も20世紀初めに解体され、門だけがアンリ・ルコック公園に移転されて残っていた。大気圧実験を義兄ペリエに頼んでピュイ・ド・ドーム山頂で実施したり(特集その4を参照)、スウェーデン女王へのパスカリーヌ献上の際に「オーヴェルニュの発明家ブレーズ・パスカルより」と書いているように、クレルモンはブレーズにとっての、精神的な故郷だったのだろう。
39年の生涯で多分野で多くの業績を残したパスカル。5ソル馬車では庶民の足となるべき公共交通機関を考案し、権力と結びついたイエズス会に対立するジャンセニスムに肩入れした反骨的な側面も伺える。科学的思考に基づいた批判精神が随所にみられる『パンセ』は今日でも決して古くなっておらず、それが日本を含む世界各国で今なお研究されているゆえんかもしれない。
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【特集:ブレーズ・パスカル生誕400周年 クレルモンへパスカルを訪ねて。】
5回にわたって掲載します。
〈その1〉パスカルの精神的故郷、クレルモン。記念イヤーイベント。
〈その2〉〜人間は考える葦である〜『パンセ』とは?
〈その3〉パスカルの発明:元祖・計算機「パスカリーヌ」と、公共交通。
〈その4〉パスカルの大気圧実験、ジョード広場とピュイドドームの山頂で。
〈その5〉パスカルとジャンセニスム
パリのポール・ロワイヤル図書館をたずねて
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クレルモン=フェラン情報
●パリからの行き方
パリ・リヨン駅かベルシー駅からクレルモン=フェランまで、Intercitéなら直行で3時間30分程度。
SNCFのサイト
●クレルモン=フェラン観光局 Clermont Auvergne Tourisme
Pl. de la Victoire Tél: 04.7398.6500
www.clermontauvergnetourisme.com
9-6月 : 10h-13h/14h-18h (学校休暇・祭日以外は月は午後のみ)(7-8月 :-19h)
●ロジェ- キヨ美術館 Musée d’art Roger-Quilliot
Place Louis-Deteix 火-金:10h-18h、
土日・祭日:10h-13h/14h -18h。5€/3€。
Tél.: 04.4376.2525 特別展”les mystères de Pascal (パスカルの謎)”が10/15まで開催中。
●アンリ・ルコック博物館 Muséum Henri-Lecoq :
15 rue Bardoux 63000 Clermont-Ferrand
Tél: 04.4376.2560
月祭休。5-9月:火-土 10h-12h/14h-18h。
日14h-18h(10〜4月は-17h)。
科学技術史、植物・動物学、鉱物博物館。パスカルのパスカリーヌ2台所蔵。
パスカルの大気圧実験、数学定理を説明するスペースあり。
●クレルモン=フェラン文化遺産図書館
Bibliothèque du patrimoine de Clermont-Ferrand :
17 rue Bardoux 63000 Clermont-Ferrand
Tél :04 4376.2762
月-土 : 9h-18h(木13h-18h)8月休館。
希少本、古書の閲覧は月-土 : 9h-11h45 /13h-18h45で要登録。
主にオーヴェルニュ地方関連の古書・希少本を17万点所蔵。
パスカルの初版本や家系図も所蔵。デジタル文書サイトでも閲覧可能。
overnia.bibliotheques-clermontmetropole.eu/
パスカルのバーチャル展覧会
https://blaisepascal.bibliotheques-clermontmetropole.eu/component/mymaplocations/bibliotheque-du-patrimoine
●パスカルのイベントは年末まで続く
◉ Les Carrosses de Blaise Pascal partent en tournée VRゴーグルで当時のパリの街を5ソル馬車で体験する。9/27まで。(Musée d’art Roger-Quilliot)
◉ オーヴェルニュの科学祭り
今年はパスカルをテーマとした科学ファンのための祭り。ピュイ・ド・ドーム山頂で(行き方は下に)。10/7-10/17。
詳細未定。以下のサイト参照。
https://www.fetedelascience-aura.com/puy-de-dome/
「Panoramique des Dômes」ピュイ・ド・ドーム山頂への行き方
国鉄クレルモン=フェラン駅からピュイ・ド・ドーム登山電車の乗り場まではシャトルバスあり
(4〜10月。2023年は11/5まで毎日)1日6本、ほぼ2時間おきに出発。所要時間32分。
登山電車 「Panoramique des Dômes」は往復料金:4/1〜9/30は17.90€、1/1〜3/31と10/1〜12/31は16.50€ (子ども・家族料金あり)。山頂は気温が低いので上着要。
panoramiquedesdomes.fr
◉ パスカル関係のイベント情報:
www.clermontauvergnetourisme.com/agenda/blaise-pascal/
https://blaisepascal.clermont-ferrand.fr/evenement-et-actualites/
●パスカルが発明した計算機「パスカリーヌ」チョコレートが買える店。
La Ruche Trianon :
26 Rue du 11 Novembre, 63000 Clermont-Ferrand
www.laruchetrianon.fr