ミシェル・エイケム・ド・モンテーニュ(1533-92)。この、ちょっと仰々しい名前の思想家は、ボルドーに近い貴族の家に生まれ育った。ルネサンス文化が花開いた16世紀フランスが誇るこの人物は、はやくも30代後半に法曹界をリタイヤし、念願の隠遁生活をスタート。途中、政治的な理由でボルドー市長として公務を果たすことになったものの、それ以外の時間の大部分を、一見自伝のようでありながら、哲学書、評論、はたまた手紙かメモのようでもある摩訶不思議な本『エセー』の執筆に取り組んだ。
扱われているテーマは、感情・幸福・想像力・教育・食人種・運命・孤独・名誉・睡眠・書物・知識など。話題はあちらこちらに飛ぶし、なにかにつけて断言を嫌う著者の意図がつかめずに翻弄されることも。それもそのはず、モンテーニュの信条は「Que sais-je(わたしは何を知っているのか)?」でも、その型破りで自由なスタイルはなんとも痛快。日本人女性である筆者が共感することも多くあり、これが数百年前のフランス人男性によって書かれた文章だとは信じられないほど。何回でも繰り返して読みたくなる。その魅力の一因は、他でもない本人が誰よりもこの本を書くことを楽しんでいたからだろう。「たとえ誰も私を読んでくれなくとも、私がこんなに多くの暇な時間を、こんなに有益な愉快な思索にまぎらしたことが、時間の空費といえるだろうか」(原二郎訳)。「愉快な思索」に身をゆだねるモンテーニュは、食に対しても一風変わった面白い考え方を持っていた。たとえば、断食について。どこか苦行めいたひびきのある断食が、モンテーニュにかかると積極的で明るい意味を持ちはじめる。「若い頃から私はときどき食事を抜いた。一つには翌日の食欲を旺盛にするためである。(中略)一つには、何かの肉体的、精神的な行為のために精力を保存しようとして断食をした」。(さ)