Q:縁というのは不思議なものですね。
神崎:そうなんですよ。マントンのMirazurという店は、40通ぐらい手紙を送った店の1軒でしたが、2007年当時はまだ有名じゃなかったんです。マウロが若手の有望シェフということで少し紹介されたり、ミシュランで星を一つもらったぐらいで
Q:マウロはいくつぐらいですか?
神崎:今40歳です。
Q:若い!
神崎:若いんですよ。彼はもともとArpègeアルページュとかLe Grand Véfourル・グラン・ヴェフールとか、アラン・デュカスの店などで働いていました。
Q:La Ferme Saint-Simonは70席っておっしゃっていましたけれど、調理場はマルセロと二人だけで?
神崎:いえ、洗い場を含めて5-6人、もう少しだけ人はいました。とても勉強になりましたね。というのは、パリの人たちに自分たちの料理を認めてもらえるかも、と思えるようになったのはここで仕事をしたからです。もちろん今の店で作っている料理とはかなり違いますけれど
Q:かなりクラシックなことをしていた?
神崎:クラシックというか、ビジュアル的にあまり飛ばないようにしていました。自分たちが本当にやりたいことができるまでに1年ぐらいかかりました。話はさらに戻りますが、アルバイト進学をしていた時に板前さんから「フランス料理は日本料理よりも簡単だ」と言われました。なぜですか?と聞いたら「フランス料理はそこそこのものを出せればみんな味を知らないから『美味しい』と言ってもらえる。例えば肉じゃがを出して心から『美味しい』と言ってくれるお客さんがどれだけいる?」と言われたんです。確かにそうだと、フランスでもそうだと思います。たとえばレンズ豆などクラシックな食材を調理して、フランス人のおばあさまから「今まで食べたことないぐらい美味しい、ありがとう。」と言われると、言われる側はすごく感動します。嬉しいですよね。そのことをLa Ferme Saint-Simonでは感じました。同じレンズ豆を使うのでも火の入れ方を変える、クラシックな方法で調理するだけではなくて、戻していないレンズ豆をまずは揚げてテクスチャーを変えてみるというようなこともしました。それから今日食べていただいたようにソースにイベリコのチョリソーを入れたりして「こういうの食べたことなかった」と言われたのは嬉しかったですね。私はフランス人ってとても保守的だというイメージを持っていましたけれど、美味しいものには結構素直に「美味しい」と言ってくれます。そこはとても尊敬しています。私たちの場合、外国人が作るお寿司には批判的だったりするじゃないですか。フランス人の場合は、美味しければ認めてくれる。
Q:確かにきちんと評価してくれますよね。特にパリの場合には地方よりも。
神崎:そうなんですよ、それは強く感じました。すごく衝撃的だったのは、La Ferme Saint-Simonで夏の暑い日に涼しげなジュレっぽいものが良いかなと思って、アミューズと前菜にティースプーンの半分ぐらいの微量なものを入れたんです。日本人的な感覚で涼しい食感を、と思ったんですがお客様から「化学料理みたい」だとクレームがきました。そうか、確かにそうかもしれないな、きちんと言ってくださってありがたいな、と思いました。例えばピューレがふた皿続いてもフランス人から文句は出ないと思いますが、グラニテとかジュレというのは、フランス人の年配の方にとっては新しい食感だったかもしれないです。 言われなければわからないことがたくさんありますから、注意してくださる方のほうがありがたいです。
Q:このお店では注意してくる人というのはいますか?
神崎:このお店には、結構優しすぎる方が多くて(笑)あんまりそういうことを言ってくれる方はいません。でも逆に「見た目がシンプルすぎる」と言われたことはあります。
Q:へえ。
神崎:それは、生の白いんげんをクラシックに煮て、そこから取れるブイヨンが私たち的にはとても美味しいんですよ。そのブイヨンとエシャロットと白いんげんとバターだけで、私たち的には本当に美味しいんです。だからあまり余計なことをしたくなくて、お皿の上には魚と付け合わせのその白いんげんとブイヨン、そしてワカメのプードルだったか、だけだったんです。するとビジュアル的に寂しかったみたいで「ちょっとこれ、シンプルすぎてつまらない」と言われました。この辺り、11区や12区には値段もそこそこで美味しいお店がたくさんあります、SEPTIMEさんとか。そういうお店って、ビジュアル的にも確かに驚かせてくれるものを出しています。ただ自分たち的には7皿をデギュスタシオンで出すとすれば1皿ぐらいそういう「地味」なお皿があってもいいんじゃないかと思うんです。同じことは La Fermeでは言われないだろうと思います。同じパリでも地区によって違うと実感しました。刺激を求めてお店にいらっしゃる方もいるんだな、と。
Q:夜のデギュスタシオンコースというのは毎日内容が変わる?
神崎:いえ、毎日じゃないです。これは絶対食べていただきたい、というものも何皿かあるので初めて来ていただいた方にお出しするものはあります。たとえば今日食べていただいたホタテ貝のお皿は初めての方には食べていただきたいものなので絶対お出しします。予約を入れていただくと電話番号や名前が残るので、そこからチェックします。初めてかどうか、初めてではないと前にいらしたのはいつか、という感じにです。つい最近来ていただいたということがわかれば、全部メニューを変えます。
Q:それは記録を書き残しているということ?
神崎:書き残す、というか全部のメニューは残しています。同じ電話番号から連絡をくださればいいですけれど、たまたまお友達の携帯から連絡をいただくと「あれ、先週にもお会いした!」と来店時に気づく時もあって、その時には速攻で、できる範囲で食事の内容を変える、ということもあります。
Q:すごい。
神崎:昨日もそういう人がいらして、今日の夜も11月に2度ぐらいいらしたテーブルが二つあるので、内容は変えるつもりです。そもそも私がマントンのMirazurでスーシェフに上がって、マウロがいないからと自分が責任者としてお客様の前に出た時に、お客様の情報を知らないと失礼だと感じたことがきっかけです。その時に私が始めたんですが、2011年からお客様リストを作って、なおかつお客様ごとに医者のカルテのようにお出ししたものすべての伝票を残すことにしました。最初はみんなから「うざい」と思われたみたいですけれど、協力者がいての作業なのでサービスの人に「絶対捨てないでね」と頼んだりしながら作っていきました。今ではしきたりのようになっています。お客様の方も、私が残しているということを知ってから対抗意識を燃やし始めてお店にいらっしゃる前日に「おさらい」をしたりする(笑)んですね。全部チェックして本当に違うお皿が出るのか?みたいな勢いでいらっしゃる。そのことについてサービス後に1時間ぐらい話すのが好きで、来ていただく方もいました。その、全部のリストを取っておくということではMirazurに貢献できたんじゃないかと思います。やっぱり7年、8年いた人間が辞めても、今働いている新しい人と店の歴史というか情報を共有できるじゃないですか。そういう意味で役に立てたかな、と思っています。
Q:じゃあ、このお店でも4月に始めてからずっと?
神崎:そうですね。メニューを取ってあって、同じ方にはできるだけ同じものは出さないように注意しています。でも逆に「なぜ出してくれなかったの?あの鴨が食べたかったのに!」という方もいらっしゃるんですね。そのへんはちょっと難しいんですけれど、そういう風にやっています。
Q:新しいお皿は二人で話しながら作っていく?
神崎:そうですね。「あれがいい、これがいい、ちょっとそれ飛びすぎだよ」みたいにやっています。
Q:今日いただいたウニもとても美味しかったです。
神崎:大丈夫でしたか?
Q:クレソンがお抹茶みたいに最初は見えて、しかもスプーンを入れるとパッションフルーツの甘酸っぱさがあって。
神崎:去年イベントでブラジルに行った時に、ブラジルのフルーツの美味しさに影響を受けたんです。今日本へ戻ると、やっぱり日本の柑橘類の美味しさにショックを受けると思います。日本へもこの10年間に少ししか滞在していないので、こうしてシェフになった自分が今日本にいるのと、若い時に自分が日本にいたのとは全く違うと思うんです。だからブラジルでは本当に衝撃を受けて「わーこれ、全部フルーツで組み合わせたいなあ」と思うぐらいでした。ここで見つかるものはブラジルのパッションフルーツの酸味、甘味、香りにはかないませんが、あの経験からですね。ただ少し近づけたかな、面白いかな、という気持ちで作りました。
Q:あとデザートのクレモンティーヌも美味しかったです。
神崎:みかんですね。
Q:最後のサプライズでみかんをスプーンですくった時にはとても嬉しくて、それからほうじ茶のアイスも、あの香りにはびっくりしました。あれはマルセロが?
神崎:そうです。マルセロもMirazurに来た時にはとても大変でした。彼はもともとアルゼンチンで有名フランス人シェフの元で5年ぐらい働いていて
Q:生まれはアルゼンチンですか?
神崎:そうです。ただ彼の祖父の代に移民したイタリア人家庭出身です。
Q:じゃあまだイタリアに家族が?
神崎:親戚はいます。マルセロはアルゼンチンでクラシックなデザートばかりを作ってきたのでMirazurに来て1年ぐらいはストレスを感じていたと思います。本当に、毎日のように「辞めたい」と言っていたのを「頑張って、絶対味がマッチする時がくるから」と励ましました。そういう意味では私は日本人で、日本料理には味が繊細なものが多いので、Mirazurに入った時すでに自分のテイストにマッチする何かを感じていたのだと思います。逆にゴテゴテの料理、チーズをたくさん使うハンバーガーやピザのような料理を食べ慣れてきたマルセロには、ギャップが大きかったと思います。でも彼、今では本当に繊細なデザートを作るんです。そのことを私はすごく尊敬しています。私だってできない、というぐらいのものを作るんです。お客様も「えー、彼が作ってるの!」(笑)と言います。
Q:マルセロが日本の食材を使うのは千帆さんの影響?
神崎:それはあるかもしれませんが、クレモンティーヌのあのデザートというのはやっぱり素材を尊重して、どれだけ素材の美味しさを邪魔せずに、かつただ切っただけではなくて手を加えるか
Q:そうですね、最初ムースで、中にヨーグルトのシャーベットがあって、その下にみかんがあった。しかも一番上にはみかんの味がする薄いお砂糖の蓋がしてあって、その蓋を割るとみかんの香りがフワーッとする。楽しさがぎっしり詰まったデザートでした。
神崎:よく話すのは素材の邪魔をせずにテクニックも少し入れて「面白いね」と言っていただけるような、とはいえ奇抜になり過ぎず、というということです。
Q:二人でいつも心がけていること?
神崎:そうです。やっぱり味重視でいきたいです。よく「味噌や醤油は使わないんですか?」と聞かれますけれど、私としてはもしも使ったとしても前面に出さずに微量で、わからない程度で使いたいと思っています。10月に愛媛にある千代の亀という酒蔵さんとコラボレーションしました。そこのお酒全種類を使って、うちがメニューを作るということをしたんです。初めてお酒に自分たちが料理を合わせるという試みで、とても勉強になりました。その時にすごく美味しい酒粕を使ったら結構はまってしまって、その酒粕のクリームと菊芋のアイスでデザートをマルセロが作りました。本当にシンプルですが、100%酒粕と菊芋の味がして自分たち的にはとても気に入っています。魚料理で私が作ったのは白玉ねぎのJusジュにうなぎの燻製のエキスを出して、そこへ酒粕をスプーンの先ぐらいの量入れる。すごく日本っぽい味になるんですよね、お味噌使ってる?みたいな。そういうことが面白いと思いました。 おそらくうなぎの燻製が、鰹節じゃないんですが出汁の要素の一つになるということで、これまで日本の食材は使いたくなかったんですが、こういうことならば面白いな、と思い始めました。
Q:ご自分であれはダメ、これはダメ、って規則を作らないほうがいいってことですよね。
神崎:そうですね、素材の組み合わせも含めて自分が面白いと感じられればいいんじゃないかな、と最近は思っています。
Q:そろそろ終えなきゃならないということで、最後の質問をいくつかさせてください。ここを4月に始められたばかりなのでどうだろう?と思うのですけれど、マルセロとふたりまたは千帆さんだけの今後のプロジェクトというのはありますか?
神崎:私とソムリエのパズとマルセロの3人でもっと自分たちがやりたいことをしていきたいです。今はたぶん、まだあまりできていない。なので、もっともっともっとお客様にとって居心地の良いことを、自分たちの料理も含めてもっと繊細に、ディテールにまで気を配って、とやりたいことはたくさんあります。私たちのプロジェクトを世界に向けて、というわけではありませんが、もっとたくさんの人たちに知ってもらいたいです。とりあえず今私たちが目指していることは、私たち3人のことをよりたくさんの方に知っていただくということです。パズと私たちのトリオは、フランス人ではなくてなぜかアルゼンチン人と日本人で構成されていて、でもフランスで料理を尊重しながら料理とワインを提案している。面白い、と勝手に私たちは思っています。
Q:いや、私もとても面白いと思います。
神崎:パズがいる時には私たちは3人でメニューとワインを考えています。パズはこの料理だったらこの選択肢がある、とプロポーズしてくれる。3人の意見が全く違う時もあります。パズはソムリエですが、カクテルのこともよく知っている、すごい勉強家で好奇心が旺盛な人です。私たちも彼女にとても刺激されて、嬉しいです。やる気があってモチベーションが高い人と一緒に仕事をしていると、自分ももっと上に行きたいという気持ちが持てるじゃないですか。まさにその通りで、いろいろな人からも彼女と仕事ができるのはすごいチャンスだと言われます。彼女の経歴を知る人からは「よくつかまえたね」とも。
Q:では本当に最後の質問にさせてください。千帆さんにとってお料理とは何ですか?
神崎:料理ですか!? 音楽も同じだと思いますが、人を感動させたり喜ばせたりできるものですよね。私は音楽と料理の共通点を本当に感じます。人を感動させることのできる一つの手段というか。才能のあるなしは別として、ここまでずっとしたいことができて自分は本当に幸せだな、ありがたいな、と思っています。料理は世界共通だと思うんです。音楽も同じですが、たとえば私が包丁1本持ってアメリカへ行ったとしても、通用すると言うとおこがましいですけれどイベントなどでもすぐに動けると思います。音楽も、楽器があれば路上でも通用するじゃないですか。もちろん他にもそういう職業はあると思いますけれど
Q:確かに言葉が要らないかもしれない。
神崎:そうなんですよ。それってすごいな、と思います。言葉の壁がない。たとえばアメリカで研修をした時も、英語は全然話せないけれど相手の所作を見ているだけで次に何をしたいのかが私にはわかった、つまりアシストできるんです。「なぜわかるの?」と相手から聞かれても、それは勘とかそれまで得た経験としか答えられない。オリンピックのゲームだって、言葉が通じなくてもみんな試合ができるじゃないですか。それってすごいことだと思います。だから料理も一つの手段だと思うんです。
Q:料理人になっていなかったら?
神崎:何気に音楽家もいいな、と思います。音楽を奏でて人を感動させたり、喜ばせたりできるのってすごいなあ、と思いますよね。
Q:音楽は?
神崎:ピアノを少し、でもピアノの先生の横で寝ていました(笑)。今思えばなんて子供だったんだろう、と恥ずかしくなりますけれど、私の場合にはいいな、と思うものとすごく興味があるものの間に大きな差があったのだと思います。
Q:とすると料理がすごく興味があるものだった、ということですね?
神崎:だと思います。料理だったら十何時間調理場にいても寝ませんね。ピアノとか、勉強とか、椅子の上に座ると眠くなるんです。本も2-3行が限度です(笑)。
Q:ありがとうございました。
神崎:いやいや、お役に立てたかどうかちっともわかりません…
Q:人見知りだとおっしゃっていたけれど、楽しいお話ばかりで時間が経つのを忘れてしまったぐらい。
Virtus
Adresse : 8 rue Crozatier, 75012 ParisTEL : 09.8068.0808
URL : www.virtus-paris.com/infos/
火〜土 12h-14h / 20h-22h30。昼のセット (メインとチーズ)17€ 夜はデギュスタシオンコースのみ 55€ とデギュスタシオンに合わせたワインコース40€。