Q:メニューは毎日変える?
神崎:届くものによります。今朝はイカやウニ、ホタテが来たのでそれを昼にお出ししました。それからスペシャリテ、たとえば今日食べていただいたホタテとカリフラワーの料理などはいつも作れるように、というか定番として残しています。
Q:ホタテのお料理、美味しかったです。何だろう、隠し味というか後ろに隠れていた味、レモングラスかと思ったのですが
神崎:あっ、あれはシトロンキャビアです。あとはカニが届いたら、掃除したりほぐすという風に手間がかかるのでお昼には間に合いませんが、夜のデギュスタシオンで出します。ネットで店のサイトを見て
http://www.virtus-paris.com/
とてもシックな印象を受ける方が多いらしくて、ここへ実際にいらして「えっ、意外!カジュアルなんだ」と驚かれます。すごくお洒落をしていらっしゃる方には「わー、ごめんなさい」と思ってしまいます。
Q:いいじゃないですか、外でご飯を食べるということがすでにハレというか、非日常なことだとすれば目一杯お洒落して来る人は素敵ですよ。
神崎:うちのソムリエ、パズがいるときにはデギュスタシオンのコースに合わせたワインコースがあります(料理とは別に40ユーロ)。彼女は美味しいワインを求めて世界中を飛び回っています。大抵の人はフランス料理にはフランスのワインを選びますが、彼女の場合にはフランスのワインを全く選ばないこともあります。私たちが使う食材、作る料理から彼女が受けるインスピレーションで「今日はこれとこれ、そしてこれでいく」という選び方をしていく、例えば日本酒をぬる燗で出したりもするので、そういうことをお客様も面白がってくださいます。
Q:するとお店のどこかにそんなに色々な種類のワインを置くカーヴがあるということですか?
神崎:いや、カーヴは小さいんですが、スイスから南アフリカまで、あらゆるところへ彼女は自分で出向いて見つけてきます。
Q:すごいですね。何歳ぐらいの方ですか?
神崎:同い年、37歳です。まあそこまでしないと世界タイトルは取れないんじゃないかな、と。
Q:なるほど。さて、話をうんと前に戻してもいいですか?お生まれは?
神崎:神奈川県の藤沢市です。
Q:大阪の辻調に行かれたというので、関西出身だと思っていました。
神崎:いや、高校時代内申がとても悪くて東京の調理師学校を落ちたんです。もちろん大阪の辻も行きたい学校のリストには入っていたんですが、一度体験入学に行って「大阪は無理かも」と思ったんですね。結構人見知りが激しいので、1日いただけで「ダメだ」と。でも結局大阪・あべのに行かせてもらいました。
Q:もともと料理との関係は?
神崎:小さい頃から、たぶん物心ついた頃から台の上に乗って料理の真似事をしていたと思います。父親がすごく料理好きで、しょっちゅう料理を作っていたので「どうやったらお父さんみたいに料理ができるのだろう」と色々試していました。それからその当時は「TVチャンピオン」という番組にも影響を受けました。番組を観るたびにお菓子屋さんになりたかったり、パン屋さんになりたくなったりしていました。小さい頃から「食」に関する仕事がしたかったです。
Q:ご両親は「食」に関するお仕事を?
神崎:父は肉屋でした。
Q:なるほど。ご兄弟は?
神崎:4人です。姉と私、弟と妹です。
Q:賑やかそうでいいですね。外国へ出たのは千帆さんだけですか?
神崎:そうです、私だけです。高校では成績が悪くて英語も全然できなかったので、まさかこうしてフランスに来るとは思わなかったです。やっぱり人生、何があるかわかりませんね。
Q:いつかは日本の外に出たいと思ったことはなかった?
神崎:はじめ私は和食を希望していました。辻調にはアルバイト進学という、学校が終わった後にアルバイトをして生活費を稼ぐという制度があって、私がバイトをしたのはたまたま和食の店だったんです。板前さんからは「料理人には絶対ならないほうがいい」と毎日言われて(笑)、確かに和食は厳しかったし、フランス料理の方が女性にもチャンスがあるんじゃないかとも思ったので、フランス料理店に就職しました。あの時板前さんからいただいて、今でもいただいてよかったなと思う言葉があります。「買ってでも苦労しろ」って専門学校時代に言われたんです。その言葉はずーっと自分の心の中にあって軸になっています。20代の記憶はほとんどないですね。ずーっと仕事をしていた、というか。仕事をしていないと怠けているんじゃないか、他の人たちに取り残されるんじゃないかという恐怖もありました。本当に自分は落ちこぼれだったので
Q:そんなこと(笑)。
神崎:日本にいた時にはしょっちゅう怒られていました。
Q:でもあの日本の教育制度の中での落ちこぼれというのもねえ。どうだか。
神崎:いや、本当に!
Q:(笑)個性を全く無視しているじゃないですか。
神崎:一度日本で働いていた時に料理の専門誌から取材を受けたことがありました。女性が厨房で働くということについてでしたが、私は「本来ならば自分がスーシェフに上がるべきだったのに、経験不足で自分よりも後に入った子がスーシェフに上がってしまったのだけれど、いつかはもっと仕事ができるようになって上に行きたい」というようなことを話しているんです。自分の道のりはすごく長かったと思います。普通の人、特にフランス人だったら19-20歳で部門シェフに、23-24歳でスーシェフになっていると思います。やっぱり自分は遠回りする人生だな、と。
Q:早く上に行けるのがいいかどうか、千帆さんは着実に前へ進んでいる。
神崎:どうかなあ。でも下にいた時代が長かったので、余計上に行きたいという気持ちは強かったですね。Mirazurにいた時も、部門シェフとして入って来た人たちはすぐに辞めてしまうんです。こんなにチャンスをもらっていて、実力さえあればすぐに上げてくれる店なのに、なぜそんなにすぐ辞めてしまうんだろう?と私は思っていました。確かに朝から晩までずっと労働時間はとても長かったので、大変だったのはわかります。でもすぐに辞めてしまう人たちの気持ちはわからなかったです。
Q:Mirazurでも女性は一人?
神崎:部門シェフとして働いていたのは私一人でした。6ヶ月だけの研修生などで女性はいました。女性ということで色々なチャンスをいただいたのは、シェフになってからです。今は少し増えてきましたけれど、星付きのレストランでスーシェフやシェフになる女性は当時フランス国内でも少なかったので、そういう意味ではありがたいと思っています。
Q:「シェフ」と呼ばれた時はどんな気持ちでしたか?
神崎:「えっ、誰!?」という感じでした(笑)。下っ端時代が長かったので、まだその気持ちが抜けないです。Mirazurでシェフになってからも、どうしても研修生寄りの気持ちになってしまって「どうしてお前はすぐに研修生の立場で考えるんだ?」と言われたこともありました。研修生というのはたくさん働く割にお金ももらえない。自分たちの世代はたくさん勉強できれば構わないと思っていましたけれど、今の時代はたくさん働いたなら相応のお金が欲しいし、もらえないならば辞めたいという人が多い。あと女性の研修生には「もっとここで踏ん張らないと」と口を出してしまいます。男性に勝てない、というわけではないけれども上には行けないよというようなことを、自分が遠回りした分、お節介かもしれないけれど言ってしまいますね。未だにお客さんに「シェフ」と言われても「えっ、私?」と反応してしまいます。慣れないです。なのでみんなにシェフじゃなくてChihoと呼んで、と言っています。もちろんシェフとしての責任は自覚していますけれど。
Q:今、女性にはおせっかいかもしれないけれど色々言ってしまいます、とおっしゃっていましたが、ご自分が研修生や見習いだった時代にお姉さんみたいな存在の人がいたらよかった、と思いますか?
神崎:そうですねえ、いたらよかったけれどいなかったです。そうそう、マントンのMirazurは冬に3ヶ月店を閉めるので、その間に私たちは色々なところに研修に行くんです。たとえば私はサンフランシスコや、ムジェーヴMegèveのFlocons de Sel、オンフルールHonfleurのSaQuaNaなどに行かせていただいて、色々な人に出会うんですけれど、初めて「わー!」と思ったのは、Flocons de Selのスーシェフの女性が妊娠していてお腹がうーんと大きいのに仕事を続けていた、「すごいなあ」と思いました。まだ私はその当時スーシェフにはなっていなかったので、私にもいつかチャンスがあるんじゃないか、という目標になりました。ちなみにその女性もアルゼンチン人でした。
Q:(笑)すごい、アルゼンチンに縁がある。ところでパリにいらしたのはLa Ferme Saint-Simonで働くことになってから?
神崎:そうです。
Q:それまでいらした地方と比べてパリはどうですか?
神崎:La Ferme Saint-Simonという店は1935年ぐらいからある古い店なので、20年以上通う常連さんがたくさんいました。だからあまり奇を衒った料理は作らないほうがいいなと思ったので、自分でもかなり抑えていました。受け入れてもらえたことは本当に嬉しかったです。今でも覚えているのが、30年来の常連さんに初めてお料理を出した時に、サービスをしたメートル・ドテルにそのお客様、おばあさまでしたが「シェフが変わったの?オカマか女性がこの料理作ってるわね。じゃないとこんな料理はできない。」と言ったらしくて「えー!」とびっくりしました。その後「シェフに会いたい」と言われたのでお会いしたら、ありがたいことにお怒りではなくお褒めの言葉をいただきました。
Q:何と言われたんですか?
神崎:すごくよかった、と。
Q:なぜ女性だとわかったのか、聞いてみましたか?
神崎:すごく繊細だと。あんな繊細な料理は男性には作れない、と言われました。とてもはっきりと物を言うおばあさまで、すごく嬉しかったです。Mirazurの時代にもマウロがいない時にはお客様の前に出て話はしていましたが、私たちの料理、チホ・カンザキとマルセロ・ディ・ジャコモの料理をお客様に出すのはLa Ferme Saint-Simonが初めてだったので、本当に嬉しかったです。正直言ってコンプレックスがあって、 受け入れてもらえるかどうかがすごく怖かったんです。私たちのシェフだったマウロに心からお礼を言いたいです。彼は見た目も繊細な、本当に素晴らしい料理を作ります。新しいメニューを作る時にも、エスコフィエの本を調べたりしながらしっかりと研究をして、そこから自分の料理を作り出していく。私たちもとても影響を受けました。見た目がいいだけではない、見た目重視というよりも味重視で、基本を大切にして作っていく。そこがやっぱりお客様にも受け入れていただけたんだと思います。今のシェフの中には、見た目を重視して味がついていっていないという方もいらっしゃると思いますけれど、マウロは全く違っていました。ですから、今でもありがたいな、と本当に感謝しています。もちろん日本でお世話になった方々にも感謝しています。日本で厳しくされた時代がなかったら、今の自分はいなかったと思っています。
Q:さっきさーっと数えてみたのですが、このお店の席数は30ぐらい?
神崎:そうですね、32ぐらいです。
Q:それを今、マルセロと二人で?
神崎:調理場を二人でやっていて
Q:そしてさっきサービスをしてくださった男性。
神崎:彼もアルゼンチン人で(笑)、元々はパティシエです。研修を希望して来たんですが、うちの店は小さいので昼はサービスで、夜だけ研修をしてもらうということになっています。彼ともアルゼンチンで以前1度会っているんです。
Q:そうなんですね。
神崎:彼が働いていたお店はアルゼンチンではとても有名な、世界のベストレストランに名を連ねる店でした。彼はその店でパティシエをしていて、私たちはそこで彼に初めて会いました。その時に「来年からフランスにワーホリで行く」と言われて「機会があったら会いましょう」と別れました。そしてフランスに来た彼がコンタクトしてきたんです。
Virtus
Adresse : 8 rue Crozatier, 75012 ParisTEL : 09.8068.0808
URL : www.virtus-paris.com/infos/
火〜土 12h-14h / 20h-22h30。昼のセット (メインとチーズ)17€ 夜はデギュスタシオンコースのみ 55€ とデギュスタシオンに合わせたワインコース40€。