Q:それは自分から希望した?
神崎:いや、シェフの采配です。お菓子から始めた時に、お店がハーブをたくさん使うので庭にもハーブを植えていた。ハーブを知らなければこの店では役に立たないなと私も思ったので、入った初日に庭で香草の写真を撮って調べ始めました。それをシェフが見ていて私をハーブの担当にしてくれました。おそらくそれまでにハーブをきちんと部門ごとに用意する人がいなかったのだと思います。すごく喜んでもらって、結局ハーブの準備も2週間ぐらいしかせずにガルドマンジェとハーブの担当になって1ヶ月ぐらいしてから、シェフが労働ビザを出してあげるというので日本へ一度帰りました。ビザが出るのを待つ6ヶ月間は「本当にフランスへ戻れるんだろうか?」という精神的にも変な状態で、バイトをしながら「自分は何をやってるんだろう?」と思ったりもしました。そういう時期があったので、その後フランスに戻ってから肉部門に入れた時にはすごく嬉しくて「絶対この部門は誰にも渡さない!」と思って(笑)、毎日朝から晩まで肉のことばかりを考えていました。当時は寮暮らしで、朝早くからFondsを作るために骨を割ったりしているとみんなから「そんなに早くから仕込みをするな」と迷惑がられたりもしました。でもそれぐらい朝早くから始めないと仕込みは間に合わなかったんです。
Q:Mirazurの厨房には何人いたんですか?
神崎:各部門に一人ずつ、付け合せ、ソース、肉の処理にも一人だけでした。当時は朝早くから行っても休憩なしでずーっと働くことが多かったのですが、それが反対に自分にとっては嬉しかったです。シェフは高いところから料理道具を取るのが難しそうにしている私を気遣って、業者を呼んで私のサイズに合うように位置を変えてくれたりもしました。そういうことが、シェフに喜んでもらいたいというモチベーションに繋がりました。あっという間に時が過ぎて行きました。肉部門の時すでにシェフから「スーシェフに」というオファーをもらっていましたが、それまで色々なお店で研修や修行をさせていただいた経験から、スーシェフはみんなから尊敬される人物じゃなければならないと感じていたので、シェフにその時は断って肉部門をそれからも2年間続け、それから魚部門に1年間行かせてもらいました。魚部門の時、またスーシェフになるオファーをいただいて、一通り厨房の部門を回った後だったので「だったら」とオファーを受けました。それが確か店に入った4年目のことです。2011年から2年間スーシェフを、最後の1年間はシェフとして働かせていただきました。
Q:シェフになったんですね。
神崎:はい、事務のおねえさんなどを除けば私が一番店では長かったんじゃないでしょうか。
Q:でもシェフになったとすると、マウロ(・コラグレコ)さんとはどういう立ち位置になるんですか?
神崎:マウロは本当に世界中を飛び回っているので、店にいたとしても調理場の責任は私がしていた、ということです。あの間に、シェフから色々な人を紹介してもらいました。未だにマントンの店のお客さんがこのお店に来てくれて
Q:へえ。
神崎:すごくありがたいです。
Q:あの、今のお店のもう一人のシェフとはどこで知り合ったんですか?
神崎:彼はマントンのお店でシェフ・パティシエでした。
Q:お名前は?
神崎:マルセロ・ディ・ジャコモです。彼もアルゼンチンとイタリア両方の出身です。マルセロはもともとMirazurのシェフ・パティシエで、2年間パティシエとして働いた後に料理もやりたいということで肉部門に1年、その後スーシェフになりました。そこからずーっと一緒です。仕事も、そしてプライベートも。
Q:同じぐらいの時期にお店へ?
神崎:彼は私より少し後の2009年からです。
Q:今、このお店でのデザートは彼が?
神崎:ほぼ、98%は彼です。あとは味見をしながら「こうしたほうがいいんじゃない?」ということは二人で決めています。
Q:お料理は?
神崎:前菜、冷菜はほぼ私が、温かい前菜やメインの肉や魚は二人で意見を出し合って作っています。
Q:なるほど。
神崎:コンセプトというほどではないですけれど、私たち二人以外にこの店にはアルゼンチン人のソムリエがいます。アルゼンチンにとても縁があるんです。彼女も何気にすごい人で、今年の世界ソムリエコンクールの4位、南アメリカでは1位というタイトルの持ち主です。彼女には、コースに合わせたワインを選んで出すというMirazurのイベントで知り合いました。確か2013年のことです。
Q:彼女の名前は?
神崎:パズ ( Paz Levinson)です。
Q:いつもこのお店にいるんですか?
神崎:夜はいます(私が取材に伺ったのはお昼でしたので、パズさんに会えず残念!)。
Q:なんだかMirazurのシェフ、マウロさんがジェラシーを燃やしそうなメンバーですね。いい人材が全部こちらに来てしまった感じ?
神崎:確かにマウロからは一緒に色々できたらいいねと言ってもらいました。実は2014年にマルセロと私はマウロのプロジェクトでウルグアイに行くはずだったのが、行く直前にプロジェクトが中止になってしまう。でもMirazurの方では私たちが新しいプロジェクトのために抜けるからと代わりのスタッフをすでに見つけていたので、マントンの店にはもう戻れなくなってしまったんです。
Q:居場所がなくなってしまった?
神崎:ということで、パリ7区にあるLa ferme Saint-Simonで1年半働かせてもらいました。
Q:そこはマウロさんと関係のあったお店ですか?
神崎:マウロの紹介で繋がったパトロンで、今の店もそのつながりです。ただそのLa Ferme Saint-Simonは70ぐらいの席数ととても規模が大きい店でした。私たちだけではとてもじゃないけれど切り盛りできない、とパトロンに話したところでもらったのが今のこの店の話なんです。もともと日本人のシェフがいらした店らしいです。そのシェフが辞めるというので 「どう?」と私たちに話がありました。私たちはここで料理をしながら、経営の勉強もさせてもらっているということです。
Q:なるほど。
神崎:まあほぼパトロンみたいに色々なことを決めさせてもらっていますけれども、パトロンではない、ということです。
Q:でも、完全に任されている。
神崎:ほぼ、というか100%自分たちのやりたいようにメニューに関してはさせてもらっています。ただ料理以外のこと、テーブルや椅子を変えたい、というようなことは建築家であるパトロンの意見を聞いてから、ということになります。
Q:するとこのお店の内装は全部パトロンが?
神崎:そうです。彼が決めています。
Q:1970年っぽい照明とか、素敵な民芸風の焼き物のツボや花瓶も?
神崎:彼の選択です。
Q:で、写真(パネルがいくつかかけられている)は?
神崎:それも彼ですね。
Q:Virtusという名前は?
神崎:それもパトロンのマルセロ・ジュリアという人が決めました。ラテン語で「完璧を目指す」という意味があったり「忍耐力」という意味もあったりするらしいです。この店では、私たちがこれまでしてきた二つ星クラスのレストランの料理とブリストルホテルなどで経験を積んだソムリエのパズと一緒に、夜にはデギュスタシオンメニューを提案しています。夜は(お料理だけならば)55ユーロ、とパリでは結構リーズナブル、気取らずに食べられるという感じです。私たちは、ベースはフランス料理ですけれども、隠れたテクニックを使う、というか「あれ?」というところで日本や南米が見え隠れしているというようなことをしたいと思っています。例えばお醤油をバーンと使うのではなくて、隠し味として使うとか。アルゼンチンでは大きな塊の肉を調理しますが、そうして調理しても盛り付けや仕上げに一工夫する、というようなことです。そのイメージのギャップというか、差が面白いとお客さんには言われます。ただ、お昼に関しては、お腹が減ったままでお客さんに帰ってもらいたくないので、骨つきの肉でもバーンとそのままお出しするようにしています。お昼に繊細な料理を出すのは、自分的にはあまり好きじゃないんです。反対に夜はデギュスタシオンで7 皿出すということもあるので、小さなポーションで繊細なお料理をということを実践しています。
Q:ここはアリーグル市場(Marché d’Aligre – パリ12区)も近くていいですね。
神崎:ええ、でもこの通り(rue Crozatier 75012) のこちら側(Boulevard Diderotを挟んでアリーグル市場とは反対側)は結構静かで、 今はありがたいことにお客さんがついてくれていますけれど、同じ通りでもこんなに違うのかなというぐらいはじめは大変でした。
Q:夜はほとんどが予約ですか?
神崎:はい、そうです。
Q:すると、あちこちから評判を聞いて来る人が多い?
神崎:夜はあちこちから来ていただいて、お昼はこの辺で働く人が多いです。外国人は少なくて、ほとんどがフランス人です。週に4度も来てくださる方もいます。
Virtus
Adresse : 8 rue Crozatier, 75012 ParisTEL : 09.8068.0808
URL : www.virtus-paris.com/infos/
火〜土 12h-14h / 20h-22h30。昼のセット (メインとチーズ)17€ 夜はデギュスタシオンコースのみ 55€ とデギュスタシオンに合わせたワインコース40€。