ピュアな驚きに満ちた傑作。「予備知識ゼロ」で出会ってほしいが、全くイメージが沸かない作品は鑑賞の選択肢にも入らないと思うので、やはりここで紹介したい。
渓谷を走る深緑の大河。フェルナンド(ポール・アミー)は、黒いコウノトリを観察する鳥類学者だ。鳥を双眼鏡で追ううち、急流にカヌーごと呑み込まれた。幸い巡礼路を進む若い中国人女性二人が、川岸で瀕死の彼を介抱し、ひと安心。…と思いきや、映画は思わぬ方向に舵を切る。翌朝目覚めると、体中が紐で結ばれ、磔の殉教者を思わせる、あられもない姿になっていた。
そこからの物語はいちいち鑑賞者の想像を超えてくる。森の狂気に足をつかまれた男は、マスクを被る原住民のトランスパーティ(?)を目撃し、聾唖(ろうあ)の羊飼いの男と奇妙な愛の交歓も果たす。やがて持病の薬も失くし、帰りを待つ恋人からの電話も届かなくなる。現代社会との接点を失い、森の動物たちの視線を感じ始める頃、内面から変化を遂げてゆく。奇跡をも呼び寄せる彼は、中世に実在したフランシスコ修道会の聖人アントニオ伝説を生き直しているようだ。鳥のドキュメンタリーのように始まった本作は、内なる記憶を呼び覚ます男の、幻想的な受難の物語へと流れ着く。
ロカルノ映画祭監督賞受賞作。監督はポルトガル人ジョアン・ペドロ・ロドリゲス。主人公フェルナンドは、かつて鳥類学者を目指していた監督の分身でもあるようで、グザヴィエ・ドランの『Mommy/マミー』的なやり方で本人が登場するのも必然の演出だ。ポンピドゥー・センターでは2017年1月2日まで、監督のレトロスペクティブを開催。この機会に今、最も旬で刺激的なロドリゲスの世界に浸りたい。(瑞)