ナント映画散策。

ナントとジャック・ドゥミ監督

(上)30~40年代のナントが蘇る『ジャック・ドゥミの少年期』。(下)アヌーク・エメ主演、ドゥミ監督初の長編作品『ローラ』。フランス映画史に輝く瑞々しい名作。  ©Ciné-Tamaris

アヌーク・エメ主演、ドゥミ監督初の長編作品『ローラ』。フランス映画史に輝く瑞々しい名作。 ©Ciné-Tamaris

ジャック・ドゥミは幼少期にナントに移り住み、思春期までの多感な時期を過ごした。この町で戦争を体験し、初恋に出会い、映画への情熱を育んだ。「ナントは彼の故郷と同時にインスピレーションの源」(アニエス・ヴァルダ)。妻で映画監督のヴァルダはこの時代の彼の姿を、映画『ジャック・ドゥミの少年期』(1991)で生き生きと再現。ドゥミは「ヌーヴェル・ヴァーグの真珠」と讃えられた長編デビュー作『ローラ』(1961)や、階級闘争を背景にした異色ミュージカル『都会のひと部屋』(1982)などで実際にナントを撮影の地に選んだ。今も街にはドゥミの記憶があちこちに刻まれている。ミシェル・ルグランの旋律を脳内再生しながら、映画の地ナントを散策してみよう。

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30~40年代のナントが蘇る『ジャック・ドゥミの少年期』。©Ciné-Tamaris


❶ Katorza / 映画館カトルザ (3 rue Corneille)
spe_cartoza1920年開業。1943年の爆撃で全壊したが不死鳥のように蘇った。『ローラ』ではローラの幼なじみのローラン(マルク・ミシェル)がカトルザの前を歩いていたが、彼は『シェルブールの雨傘』にも登場しジュヌヴィエーヴ(カトリーヌ・ドヌーヴ)と結婚。バルザックの小説のように、ひとりの登場人物が複数の作品に現れるのもドゥミ流。現在はナント三大陸映画祭のメイン会場だ。

 

❷ Théâtre Graslin / グララン劇場 (Place Graslin) spe_theatre古代ローマの神殿を思わせる劇場は18世紀後半の建立。ドゥミ少年は歌好きで陽気な母と一緒に、この壮麗な劇場でよくオペレッタを鑑賞していたとか。  

 

❸ La Cigale / ラ・シガール (4 place Graslin)
spe_bistroグララン広場を見つめて120年超。1964年には歴史的建造物に指定されたアール・ヌーヴォー様式のブラッスリー。お色気まばゆいローラが「私がローラよ!」と歌い踊った場所である。三大陸映画祭に参加する監督も滞在中に一度は寄ることになるだろう。  

 

❹ Passage Pommeraye / パッサージュ・ポムレ (Rue de la Fosse) spe_passage国内では珍しい3層構造を誇る1843年開業のアーケード街。新古典主義様式とルイ・フィリップ様式の折衷で「欧州でも指折りの美しさ」と称される。1944年に13歳のドゥミはここで初めて9.5mmフィルムのカメラ「Pathé Baby」を手に入れた。『ローラ』の中ではローラとローランの再会の場所となる。  

 

❺ ドゥミの父のガレージと住居跡 (9 allée des Tanneurs) spe_garage『ジャック・ドゥミの少年期』で再現されていたのが自動車整備士だったドゥミの父が働く自動車修理工場。その上の階にはドゥミが家族と住んでいた。だが実際に足を運ぶと、古い自動車修理工場の痕跡が枯れた風情で、なんとも寂しい限り。ナント市さん、清掃と記念プレートをシルヴプレ!

 

❻ 『都会のひと部屋』の撮影地 (Rue du Roi-Albert)
映画冒頭で労働者と機動隊が対立する印象的なシーンが撮影された通り。主人公のフランソワ(リシャール・ベリ)は同じ通りの建物に間借り住まいをしていた。ドゥミが1955年の大ストの記憶に触発され制作した作品である。

「住みやすい町のランキング」の上位に選ばれるナントへはTGVが便利。パリ・モンパルナス駅よりTGVアトランティック線で約2時間14分。 ●i ナント観光局  L'Office de Tourisme de Nantes 9 rue des Etats (城の向かい) www.nantes-tourisme.com/fr

●ナント観光局 
L’Office de Tourisme de Nantes 9 rue des Etats (城の向かい)
http://www.nantes-tourisme.com/fr

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