カンヌ映画祭の監督週間で万雷の拍手に包まれ、SACD賞(劇作家・監督・作曲家協会賞)を受賞。だが晴れ舞台に、昨年乳がんで亡くなったソルヴェイグ・アンスパック監督の姿はなかった。最後に監督が残していたのは、意外なほど軽妙洒脱なロマンティック・コメディだ。
主人公のサミールはクレーン操縦士。近所のバーで男を罵(ののし)るアガタに興味を惹かれる。そして彼女が水泳インストラクターだと知るや、泳げるくせに個人指導を受けようと画策へ。
巷には、橋の上で気持ちが高ぶると恋愛感情を持ちやすくなる「吊り橋効果」という現象がある。ならば「水」を介して恋愛感情が高まる「l’effetaquatique(アクア効果)」があっても不思議はない。プールはぎこちない二人の距離を縮める格好の場となるだろう。とりわけ闇に浮かぶ夜のプールは美しい。「音や光が水族館みたいで好き」。気が強くガード固めのアガタも、心を許す瞬間が訪れる。アガタはアイスランドで国際水泳インストラクター会議に出席するが、ここでも一途なサミーは追いかけてくる。ただしストーカーというより、不器用で大胆な道化師風だから憎めない。
前半の舞台は生前に監督が住んでいたパリ郊外のモントルイユ、後半は監督の故郷アイスランドへと飛ぶ。だが場所は変わっても市営プールや灰色の都会の空、アイスランドの岩山や三角の家々に至るまで、この世の風景の造形美が愛情を持って切り取られていく。そして随所に予想を裏切る話の転換が用意され、清水で頭をウォッシュされるような爽快さがある。
生きることが大好きだったに違いない監督が残した、茶目っ気たっぷりのチャーミングな人生賛歌だ。(瑞)