『おバカさん』のモデル ネラン神父
リヨンについたばかりの遠藤を兄のように物心ともに世話した人がいる。ジョルジュ・ネラン神父である。遠藤が留学中の1952年に日本へ発ち、東大などで神学を教えながら、2011年3月に92歳で亡くなるまでの人生を日本での布教にささげた。お説教ばかりたれる「かた苦しい」お坊さんのようにも聞こえるが、むしろ「かた破りな」人物だったようだ。
サン・シール陸軍士官学校出身の元軍人という異色の経歴の持つ彼を、遠藤は59年に朝日新聞に連載された小説『おバカさん』に 「ガストン・ボナパルト」なる主人公として登場させ、肺を病んだ殺し屋「遠藤」と珍道中を繰り広げさせる。抱腹絶倒の小説なのだが、不器用で愚直、奇想天外なガストンの人柄には、どこかキリストを彷彿とさせる深さがある。
モデルとなったネラン神父もまたしかり。1980年には新宿歌舞伎町にスナックバー『エポペ』を開店した。日本人が真に本音を打ち明けるのは酒場であると気づいたからだ。ここで彼はみずからマスターとして客の悩みや愚痴に耳を傾け、語った。
リヨンでの出会いを皮切りに、遠藤はカトリック作家、ユーモア作家、劇団「樹座」の座長として、ネランは神父、神学者、バーのマスターとして聖と俗、清濁を併せ呑むような人生を送った。「生きがいは“ある者”との結びつきから生まれる」というネランの言葉は神と人だけでなく、友情という不思議な化学反応も上手く表している。