今年のアングレーム国際漫画フェスティバルで最優秀作品賞を受賞したリチャード・マグワイヤーの 「Ici」*(原題「Here」)は、軽やかでいて厚みのある時間をもたらしてくれる美しい本だ。そこに描かれるのはある家の居間、その“場所”がみた定点記録だ。同じ場所に、時間軸上の異なる点から抜き取った瞬間が同時に見える。この居間で生活したいくつかの家族たち、家が建てられる前にそこにいた人たち、30年後にその居間にいる人たち、家がなくなった後にその場所を通り過ぎる人たち。そして、30億年前のその場所。2万年後のその場所。やがて、この場所は人がいてもいなくてもただ地球上の一点として存在し、この地球は人のために作られたわけではないということが胸に残る。
古代ギリシアは最古の民主制の国家として歴史に刻まれているが、よそ者には慎重で、各共同体はそれぞれの成員の数を厳しく管理していたらしい。オストラキスモスという制度では、危険人物を市民が投票で選び10年間追放するが、その人物がよそ者として外地で生活できる権利は保障していたという。古代ローマ人は初期の頃から異邦人に開放的だった。国が大きくなるにつれて外国人との取引が増えると、ローマ人の法とは別に、外国人にも公平な法を作ったのだった。さらに勢力の範囲が広大になると、各地の人々の習慣を変えることなく、万人に公平な法で国民生活を安定させた。古代ローマが長いあいだ発展できたのは地域主義や血統主義を超越した法を作ったからかもしれない。
テロ犯罪で有罪判決を受けた人の国籍剥奪に関わる改正案が国民議会で可決された。この法でテロが防止できるのだろうか。国というものは同じ場所でも時の都合で変わってしまう曖昧なものだ。それよりも、歴史上最初に人権宣言を採択した国フランスには、これまでにない世界のあり方を発明する才知をひらめかせてほしい。地球村の住人として、近くの村人とも、遠くの村人とも、同じ時代に生きる偶然を大切にしたい。(仙)