Q:ところでお店の名前、Le Villageというのは?
宇井土:前の店の名前です。変えてもよかったんですけれど、でもLe Villageという名前がマッチしているな、と思ってそのままに。
Q:ここも村ですよね。
宇井土:そうです。お客さんが時々「地方の町みたい」だと言います。店の前の坂を下って行くとその先に海があるんじゃないか、というイメージを持つ人もいます。
Q:お客さんは地元の人が多い?
宇井土:いや、パリから来る人もいます。一番多いのはこの町の周り、ブージヴァル、サン=ジェルマン・アン・レイやヴェルサイユなんかからでしょうかね。でももっと遠いところから来る人もいます。日本から、アメリカから、オーストラリアの人もいます。
Q:娘さんがオーストラリアに行ったら、宣伝してくれますよ、きっと。娘さんのお名前は?
宇井土:みゆきです。美しい雪と書きます。とにかくHとRのない名前にしようと思いました。フランス人にちゃんと発音してもらえるように。でも子供の時にニョッキと馬鹿にされたみたいです。「冬に生まれたのか?」とよく聞かれますが、実際には5月生まれです(笑)。でも美雪がいいな、と思ったんです。HもRも入ってないからいいな、とね。
Q:そういえばさっきもおっしゃっていました「日本人以上に日本人」という定義は?
宇井土:日本を離れたからこそ自分は日本人だという意識が強くなってしまったかもしれない、俺は日本人なんだという意識です。フランスに住んで、フランスの文化が好きで料理を作っていますけれど、俺はフランス人にはなれませんよ、ということでもあります。
Q:日本人を定義するとどうなりますか?
宇井土:日本人、というと職人気質があると思いますね。一つのことにまっしぐらに進む、まっすぐなところが日本人なのかな。
Q:ではフランス人は?
宇井土:うーん、フランス人には、口ばかりで何もしない人がいれば、一生懸命一つのことをしているけれども頑固で他の人の意見を聞かない人もいる。同じまっすぐでも、日本人は行動してみせるけれどフランス人はまず口で訴えるかもしれない。入り方が違う、きっと。だからさっきも言いましたけれど、暗黙の了解というのは日本人にしか通用しない。フランス人にとってはじれったいんでしょう。
Q:さて、皆さんにしている質問ですが、宇井土さんにとってお料理とは何ですか?
宇井土:僕にとっての料理…
切っても切れない、切りたくてもつきまとっているものです。別に切りたいと思ったことはないけれど、ふと気づくと必ず頭の後ろに料理がいるんですよ。夜もハッと起きたりする。
Q:夢に料理が出てくる?
宇井土:作るというより、ものを落とすとか、ダメにしちゃうとか。それからバナナのデザートを作るのにスパイスは何を使う?…そうか、ジャワ島の胡椒だ!と夜中に起き出したり。夢というより起きた時に「あっ!」といきなり出てくるんです。料理のアイデアは無理に探すものじゃなくて、何十年もやってきたこと、一つ一つの材料との出会いが自分の中で組み合わされてから 新しく僕が作る料理になります 。
何かを作ってやろう、と思っちゃいけないです。この材料があって、別の材料がある。その二つを足せば何かができる、という感じ、そういう材料との会話です。「変に思われるかもしれませんが、僕は人参とも話をします」とお客さんにもよく言います。人参に「今日はお前の新しい性格を見つけ出してやるぞ。でも、やり方は変えてもお前が人参だという線は守ってやるからな。」と話をする。形やテクスチャーが変わっても「俺は人参だぞ」という主張は守ってやらなければデフォルメする意味がない。そんな考えが僕にいつもつきまとっている。
Q:料理と縁を切りたいと思ったことはないんですね?
宇井土:嫌だな、と思う前にムカつくタイプです。
Q:で、発散させるタイプ?
宇井土:そうです。ふざけんじゃねえ、って。この前電話でお袋に「なぜ、ふざけんじゃねえ、この野郎、なんて言うの?そんなこと人にも言っているの?」と言われました。でも、ふざけんじゃねえ、というのは人に言う時もあるけれど、自分にも言っています。人に怒る、ということは自分にも怒るということです。慶應病院で働いていた時に、先輩が芋をナイフで上手に剥くことが自分には出来なくて、悔しくて あった芋を全部一生懸命剥いたら、シェフが「誰だ、こんなにたくさん剥いたのは!」と怒られて「すいません!」と謝ったり、やっぱり先輩がしていたマッシュルームの飾り剥きシャンピニオン・トゥルネを自分でもしてやろうと夢中になって剥いていたら鼻を切ってしまったり。悔しくて、夢中になる。でも、できた時の喜びというのはね。シャンピニオン・トゥルネなんて本当はできなくてもいいんです。店で出さなくてもいいんですけれど、やれ、と言われたらたとえ20年に一度しか店で出さなくてもできなきゃならない、というのが職人だと俺は思うんですね。俺の親父は植字工で腕の良い職人だと言われていて、その道では有名だったらしいです。職人気質という言葉は、料理人も忘れちゃいけないと思います。
自分は偉いシェフだから魚はおろさなくてもいい、という人もいるでしょうけれど、いざおろす時にはやっぱりおろせなきゃならない。肉にしても同じ。それが技術を一つ一つ把握することだと思います。うちの厨房で焼いているパンにしても、温度を計算するのもいいですけれど、生地を見て触って感覚で覚える。夏は小麦粉の温度も上がっているから液体の温度を少し下げようという風に、考えながら仕事をするのが職人だと思います。相手とぶつかって働く、向こうの状況を見抜いて仕事をする。
Q:相手、というのが食材なわけですね。
宇井土:そうです。僕はこれまで人に教わってきたこともたくさんありますけれど、自分で闘って見つけてきたものも多くあります。それがまた楽しいです。
Q:フランスに来て一番感動したお料理はなんですか?
宇井土:うーん、89年にミシュランで3つ星をとったクロコディル(Au Crocodileストラスブール)に、ディジョンから8時間ぐらいかけて電車で行ったんです。一番最初に感動したのは、料理じゃなくてその店でした。でかい絵がかかっていて、昔からあるフランスのガストロノミーというのはこういうものか!と。そこで食べたものは、あまり慣れていなかったこともあって「しょっぱい」と思ったんですが、サービスも出てきた料理には「これがフランス料理!」と思いました。また、感動したのはトリュフです。ジョワニーの店にいた時には、15kgとか20kgが配達される。そこに顔を近づけて嗅いだ香りにはクラクラしました。「これだよ、トリュフ!」凄いなあ、と思いました、感動しました。それから同じ店ではブーダン・ノワールを自分たちで作っていた、でっかい鍋で。ああいうことを覚えていると、なんでも自分で作りたくなる。だから今、店のアミューズで出しているブーダン・ブロンはイベリコ豚の残りを使って作ってみる。こうした応用ができることが料理人にとって大切だと思います。家庭で作るPoulet rôti鶏の丸焼きにも、肉が柔らかくてパサパサしていなくて感動しました。それから、日本では歯ごたえを重視するために早めに青野菜を火から下ろすので青臭い。反対にフランスでは、塩をきちんと効かせてもう少し長めに茹でるから青味を保ちながら野菜に甘みが出てくる。そういう違いに気づくと「ああ、フランスに来てよかった」と思います。
Q:今後の展望は?
宇井土:ここで一生懸命やります。調理場にいるのが好きなんです。この先どうなるかはわかりませんが、やっぱり自分の手が動くうちは仕事をしていたい。物を触るということは楽しいです。俺の代わりに誰かが買い物に行ってくれれば楽だな、とは思いますけれど、でもやっぱり違うものを買ってこられると嫌だな、と思ったり。拡大も、チャンスがあればやります。ただし自分の料理感覚と料理を保持できるという確証がなければやりたくない。
Q:例えば日本に進出するというのは?
宇井土:話があればいいです。もちろんです。その代わりに僕のコンセプトを受け入れてもらって、それを保てるという確証がなければ嫌だな、と。例えば俺が育てた人間が日本で俺の料理コンセプトで店を出すとかね。まだリアルに考えたことはありませんけれど、悪くはないと思います。日本じゃなくてもアメリカでも
Q:オーストラリアでも(笑)
宇井土:いつまでもチャレンジャー精神を持って挑戦したいですね。挑発をしたらやらないわけにはいかないじゃないですか。挑発して口だけで終わるんじゃなく、自分を挑発するとやらないわけにはいかない。
Q:自分を挑発する。
宇井土:そうです。そういう意味で自分を押してやっていきたい、という気持ちはあります。チャレンジャー精神は捨てたくないですね。
Q:楽しいお話をありがとうございました。
Le Village
Adresse : 3 Grande Rue , 78160 Paris , Marly-le-RoiTEL : 01.3916.2814
セットメニューは40€ (昼)50€、100€。 土曜昼、日曜夜、月曜定休